第317話「祈り」
我が感謝を捧げる、我が嘆きを捧げる、民の苦悩を捧げる、そして不変の賛美を捧げる――『賛美の書』
「決定は既に下された。しかし、それでも迷いがあるのならば、”感謝”と”嘆き”と”苦悩”と”賛美”を捧げよ。されば、道は示される」
レミントンは、声を聞いた。何故だか、瞬時に誰の声か分かった。門番だ。
「はは。……これは、啓示か?」
レミントンは急下降して、脅威を回避する。訓練で蓄積されてきた経験値が自分を生かしている。だが、皆は無事だろうか。誰が犠牲になり、誰が生き残っているのかも分からない。門番のように声が届けられれば、と思う。タイミングが悪かった。境界を越えられれば、電波通信が可能だったのだが。
――連邦、いや帝国は、破滅の危機に瀕して、多くのものを切り捨てることになった。人、文化、技術、多くのものが、かつて帝国が存在した大地に眠っている。帝国の知識と技術を継承する連邦は、切り捨てられたものを取り戻そうとして来た。秩序を、栄花を、未来を。その企みはある程度、成功している。しかし、かつて予想された狩猟、農耕、工業に続く、新たな社会、情報社会には到達出来ずにいる。
それは、皮肉にも秩序を取り戻した結果だった。秩序と混沌を仕分け、エントロピーを減少させるMSは情報社会の要である電波を無意味なノイズに変えてしまう。秩序の為の装置が、ノイズを齎すとは奇妙な話だが、つまり、MSは変調された電波に干渉して、整えてしまうということだ。
だから、境界を越えるまでは、予め決められたフォーメーションを順守することが肝要だったのだが、それが乱された。勿論、これまでも、境界を越えた火桜揚樹への対応などで、フォーメーションが乱されることはあったが、境界付近での話であった。それに、攻撃されることは無かった。
予想外とは言わない。しかし、極めて可能性が低いことであった筈のことに対して、訓練は不十分であった。元々の境界監視団の団員や、海上を担当していた魔女狩りなら、それでも、何とか出来るかもしれないが、そうでない者は、パニック状態で、どうしようも無いだろう。
レミントンは先程の、啓示を反芻する。それでも、進まなくてはいけない。何故ならば、撤退命令は出されていない。レミントンはふと思いついた自分のジョークに少し笑う。声が届かないのだから、命令も何も無い。常時であったならば、魚の群れのように先行する機体に従うのだが、こう、散り散りになってしまったらそれも出来ない。
今は、信じるしかない。進んだ先で、皆と再会できることを。




