第316話「患難」
航海には、苦難が付き物である。急な天気の変化、食糧不足、壊血病、或いは船という閉塞的な空間が精神にかける多大な負荷。そして、航海における最大の障害は、海に棲む巨大生物である。海獣はしばしば船を攻撃した。
そうした苦難は、飛行機械のお陰で過去のものになった筈であった。だが、結局の所、苦難を屈服させることは出来ないのかもしれない。人間には征服できない領域が存在する。スプリングフィールドは絶望していた。私達は敬虔であらねばならなかった。
「どうかしましたか?」
シックスが尋ねてくる。
「どうでしょうって、見たでしょう? あれは、くしゃみでさえ人間の脅威になるような大存在。私達の旅はここで終わりです」
「これは、そう絶望する事態でも無いでしょう」
今度はナナが言う。
「どうしてですか? 何故、そんな平常でいられるのですか?」
サキマが取り乱しながらも尋ねる。
「慣れですかね。それに、これは絶望ではありませんから」
ナナは答える。
「一体、何を。これが絶望で無いのならば、何が絶望なんだ」
スプリングフィールドは言う。その声には焦燥と苛立ちが入り混じる。これは、理解できない振る舞いに対する八つ当たりである。そのことを自覚しながらも、スプリングフィールドは感情を抑えることが出来なかった。
「絶望とは孤独ですよ」
ナナはさらりと答える。
「まあ、今は議論している時ではありません。この危機的状況を打破する方法を考えましょう」
その時、大きく機体が揺れた。
「墜落する!」
サキマが叫んだ。
「いや、下降しただけだろう」
スプリングフィールドはサキマの誤りを正す。段々と落ち着きを取り戻してきていた。シックス、ナナ、2人のお陰だ。絶体絶命には違いないが、少なくともまだ死んでいない。優秀な操縦士のお陰だ。
「兵士として情けない姿を見せてしまいました。……やはり、私にはこういう所で、経験が不足しているのでしょうね」
「いえ、アレをあなた方がどれ程、恐れているのかは理解していますよ。まさしく、神の御業として理解されるのでしょうから」
シックスが答える。
「……分かりますか」
「ええ、理解は出来ます。では、取り敢えず、操縦席に向かいましょう」
シックスの言葉にスプリングフィールドは頷く。確かに、今はこの機体に乗る全員が集合するべきだろう。
「3人で向かって下さい。私は、他の乗員の無事を確認してきます」
現在、客室にいるのは4人のみ、だが、貨物室に数人見張りがいた筈だ。シックスが了承したのを確認すると私はすぐさま貨物室に向かおうとする。しかし、サキマの様子が気になった。未だ、動転している様子だ。
スプリングフィールドの目線にシックスは小さく頷くと、サキマの両手を包み込むように握る。
「さあ、深呼吸してください」
自ら実演しながら、シックスはサキマに落ち着くように促す。シックスの言葉でサキマは精神の安定性を取り戻したようだ。
「では、お願いします」
今度こそ、スプリングフィールドは貨物室へと向かっていった。




