第315話「捻じれ」
海を打ち、船を呑む。それは、神秘である。それは、力である、それは、捻じれである――『万人の書』
「少しお話しませんか?」
陸地を離れてから暫く経ち、沈黙を貫くシックスがサキマに話しかける。
「いえ、私はお2人の様子を見学していますので、結構です」
サキマは素気無く答える。
「見学の成果はありましたか?」
「ええ、お2人の会話から価値観が垣間見えて面白かったです」
そんな価値観が表れるような会話をしていただろうか。特に価値の無い、雑談しかしていなかったと思うけれど。殊更に取り繕うことも無かったが、スプリングフィールドとサキマの目線があることを意識して会話はしている。だが、それでも何かを感じ取ったというならば、サキマは感受性が高いのかもしれない。
「それならば、直接言葉を交わせばより成果を得られるとは思いませんか?」
シックスは、尚も会話を交わそうとする。シックスは、サキマの内心を探っていた。これまでも、密かにサキマの様子を窺っていたようだが、頃合いと見て話しかけたようだ。相手のこちらへの関心が高まっている時こそ、相手から情報を引き出しやすい。
「……嫌です」
単なる断りの言葉では無く、拒絶の感情が滲み出ていた。
「ノイズを気にしているのですか? 果たして、その言葉は事実なのでしょうかね? 新人のあなたに望まれているのは観察による一般化では無く、参与による成果、つまり、あなたの経験そのものではないかと推察しているのですが」
「……あんたには、分からないだろうよ」
サキマは呟く。
「何が分からないと?」
「自分の言葉が禍を生むかもしれないという恐怖、他人の人生を狂わせてしまうかもしれないという不安、そういったものがだ。あんたらのような普通の善人は、私のような人間となるべく言葉を交わすべきでは無いんだ」
サキマは怒鳴るように言った。
「すみません。少々、興奮してしまいました。私も必要があれば、会話をしますよ。それに、つい言葉が漏れてしまうこともあります。自分は未熟な人間ですので。だが、いや、だからこそ、ごく普通に善人であるあなた方と積極的に言葉を交わしたいとは思わないのです」
「普通の善人、ですか」
「ええ、私のかつての仲間のように。会話を聞いていれば分かります。素朴で他愛の無い雑談、境界なんて関係無く、何処にでもいるような普通の人達だ。私はそういう人達の為に魔女狩りになったのだと思います」
「では、サキマさんは特別なのですか?」
「まさか。私は普通の人間です。でも、善人じゃない」
「成程、あなたのことが少し分かりました」
サキマはシックスの言葉を聞きしまったという表情を浮かべる。いつの間にか、語ってしまったと思ったのだろう。ナナもサキマという人間が少し分かる。つまり、愛の園の元リーダーという立場がサキマを苦しめているのだろう。随分と屈折している。
その時、突然、外から大きな音が聞こえる。ナナは窓を見る。傍で、飛行機械が下降していっていた。――正確に言おう。たった今、撃墜された、飛行機械、その残骸が、海へと墜落していっていた。飛行機械を撃墜したそれを避けナナ達の乗る飛行船は大きく旋回する。
サキマが悲鳴を上げる。
「『それは、神秘である。それは、力である、それは、捻じれである』 あれが名高き海の怪物か? だが聞いていないぞ、空を飛べるとは」
スプリングフィールドが呟いた。




