第314話「ハメツのための101の方法 vs たったひとつの冴えたやりかた」
世界に破滅はありふれている。気候変動、噴火、隕石、生物兵器、生態系崩壊、再構築、運命、審判、救済…… 私達はそれらに対抗しなければならない。混沌に向かっていく世界に対して、人間の理性そして秩序によって立ち向かっていかなければならないのだ。
「憂いが顔に出ていますよ、高等審問官殿」
防衛長官が話しかけてきた。
「長年の知己の前で仮面を被る必要もあるまい」
「そうか。では、茶でも飲むか、サイモン?」
防衛長官、マークは砕けた様子で問いかけてくる。
「結構だ」
「そうか、手間が省けて何よりだ。それで、今日は何の用事で来た?」
「境界監視団団長……ハントが遺した記録を閲覧させてほしい」
「分かった」
マークは、机の引き出しを開け、冊子資料を取り出す。
「今更、それを見て何か新しいことが分かるのか?」
「いいや。だが、このヌーロという人物の動機はやはり気になってな」
サイモンは、ハントとヌーロを名乗る人物の通信記録を眺めながら答える。一体、何を考えて接触してきたのか。情報取引にしては、奇妙である。ヌーロは軍事や経済情勢などの情報には、あまり興味が無いようであった。それよりも文化や宗教などの情報を要求してきた。重要な情報ではある。しかし、もっと重要な情報はある筈だ。そして、科学技術という核心に触れて来たかと思えば、それも、結局はどのように技術を用いるのかという点に興味を示し、技術盗用の目論見は見られなかった。
「検討しても仕方が無いだろう」
「愛の園について関心を持っていたとあるだろう」
私は、この間の一斉検挙を思い返しながら言う。
「ああ。だが、それも昨今の騒動に繋がるような社会情勢として、尋ねたわけでは無いみたいだぞ。愛という価値観について尋ねる一環で話題に上がったようだ。愛……寝物語にでも、語るつもりだったのか?」
マークは半ば、独り言のように答える。
「取るに足らなかった愛の園に関心を寄せるとは、何か、先見の明めいたものを感じないか。私は、愛の園の騒動があそこまで大きなものになるとは予想していなかった」
私は、マークの答えには反応せず、自論を述べる。
「穿った見方をしたって、何かが埋まっているとは限らない。分かるだろう、サイモン?」
「ええ」
私は頷く。
「ならいい。私、いや私達の目的を考えるべきだ。いつまでも、誤った境界を堅固し続けるのは健全とは言えない。境界は要らない。境界の此岸と彼岸、同じように生きる人間なのだから、と単純には言えないのが難しいところだが」
マークは語る。
「少なくとも、混沌に対する根本的対策を取らないといけないな。対処療法的に先延ばしにしてきた結果がホワイトハウスの悲劇だ」
マークは無念そうな表情を見せた。
「私だってそう思うよ。だが、果たして議会はどう考えているのか」
「ああ、不自然な流れで作戦が承認された話か。会議の内容も秘匿されていて怪しいことこの上ないな。啓蒙派の介入が著しいようだが。……魔女狩り派も懐柔されていたようだな」
「その通り。身内に何を仕込まれているのか気が気でない」
出来る限り、怪しい者は排除しようと試みたが、人の心は容易に見通せるものではない。まして、数が多くなれば、人を見極めようとしたところで気休めにしかならない。それに、厄介なことに、どの派閥であろうと、それは敵ではないのだ。
「だからこその二羽連帯だ。意表が突けたとは思わないが、少なくとも大規模な共謀はし辛くなっただろう」
「その方法しか無かったと言うべきだろうが」
私は皮肉を言う。
「だが、中々に冴えている」
「ふふ、そうだな。マークがそう言うと上手くいくような気がしてくるよ」
知己の言葉に私は僅かばかりの安堵感を覚える。それに、次世代の秩序を築いていく若者は着実に育ってきている。彼らは揺らぎやすい。だが、日々、成長していく。頑迷な老人は若者に希望を託すしかないのだ。
「まあ、門番が付いた方に運が向いているというべきだろうが」
門番は、最大の不安定要素である。そして、今は、どんな手を使ったのかは分からないが、啓蒙派についていると見るべきだろう。
「先程の言葉が台無しだな」
「そんなことは無い。私達は、実力で立ち向かっていくのだから」
マークは言った。




