第311話「つとめて」
段々と日が暮れていく。遠吠えの合唱が聞こえる。勿論、道中でも獣の鳴き声は聞いてきたが、この辺りは特に自然が豊かなせいか、様々な生き物の息遣いが濃厚に感じられる気がする。
「今日は、少し早いですがここまでにしましょう。その代わり、明日は早朝に出発します。恐らく明日中には到着できる筈です」
レミントンが言った。そして相変わらずの手際の良さで寝床や火が整えられる。
「これは、狼でしょうか?」
サキマが誰に言うでもなく呟く。先程から聞こえる遠吠えのことだろう。
「どうだろうな。これはレッドウルフ……いや、この甲高い声はコヨーテだろうな」
思いがけずスプリングフィールドが反応を示す。
「動物に詳しいんですか?」
ナナはふと気になって尋ねた。
「本の情報です。この辺りには多く生息していると読んだことがある」
ナナはスプリングフィールドの家の立派な本棚を思い出す。今までこういった知識を披露してもらう機会は無かったがやはり博識であるようだ。
「コヨーテは人々に火を齎したと言います。祖母の教えです」
サキマがまた呟くように言った。スプリングフィールドは答えなかった。会話は途切れてしまう。ナナは気まずくなってシックスに話しかける。シックスとの会話は無事、続いた。そして僅かばかりの憩いの時間は終わり、ナナ達は眠りについた。
翌日まだ日が昇らぬうちに目が覚める。また獣の遠吠えが聞こえている。
「おはよう」
シックスが言った。ナナも「おはよう」と挨拶を返す。ナナは身震いをする。肌寒い。
「冬も段々と深まってきましたね」
シックスが言った。冬……冬か。季節をあまり意識していなかった。そうか、いつの間にか季節も廻っていたのか。ナナは思う。思えばあまりに遠いところまでやって来た。1年前の春、南都ナーラでナナは、17歳の誕生日を迎えたのだった。その暫く後に、ネットワーク生物の騒動があって――。次の誕生日はどのように迎えられるだろうか。
「ナナ、どうかしましたか?」
考え込んでいるナナにシックスが話しかけてくる。
「冬、なんだなと思いまして」
「ええ、冬です。そう言えばあまり季節の話をすることもありませんでしたね」
「わざわざ時候の話題を振らなくても会話が続きますから」
ナナは答える。正確には会話が途切れたっていい。それで、気まずくなって季節の話題を振るような愛柄では無いということだ。
「そうですね」
そうこうしているうちに、皆も目を覚ましていく。朝食、出発の準備、諸々が順序だてて滞りなく行われる。空が少しずつ白み始めた頃、車は出発する。目的地は近い。




