第31話「森の境」
「やはり、殺気立っているな。行け、猿ども」
ドゥーの指示で猿が馬車の前に飛び出して踊り出す。おちょくっている訳ではない――筈だ。サカイ村の住民、彼らは森と共に生きる民である。意味もなく森の獣を害することは出来ない。
ナナたちは馬車の荷台から降りて、踊りを眺めていた。少年は荷台で毛布に包まっている。少しは身を守る助けになるだろう。
「やはり、踊りは良いな。心が和やかになる」
暫くすると村人が1人接近してきた。腰には太刀を携えている。流れるような長い黒髪が印象的でがっしりとした体格をしている。
「何用だ?」
「村に滞在させて欲しい。水や食糧などの補給も出来たら望ましい」
ドゥーが答える。
「駄目だ。今は部外者を村に入れることは出来ない。――猿が懐いているのを見るに悪い奴ではないのは分かる。過激な連中が来る前にさっさと立ち去ることだ」
村人は踊りをやめてこちらを見つめてくる猿たちを愛おしそうに眺める。
「まあ、そう言わずにさ。頼むよ」
ドゥーは尚も頼み込む。
「断る」
「事情は知っている。倉を消されたんだろう」
村人は驚愕の表情を浮かべた。
「一体、誰にそれを」
「猿に聞いた」
「なんと、獣と言葉を交わすことが出来るのか。森に愛されておるのだな」
村人はあっさりドゥーの言葉を信じた。つまりそれはそれくらいしか情報が漏れた理由は考えられないということだ。村の結束力は強い。
「分かった。夜になったら食糧と水を運んでこよう。そこで妥協してくれないか?」
ドゥーは席に座る副議長を見る。
「それで、いいだろう。よろしくお願いする」
副議長が言った。ドゥーもその言葉に同調するように頷く。
「では、また夜にこの場で。それまで村から離れていてくれ」
村人が村へと戻って行く。ナナたちは馬車に乗ると、森まで戻った。村から見えないように森の陰に馬車を隠す。
「案外、上手くいくもんだな」
ダンが言う。
「そうだね。副議長の読み通りだったのかな。絶対上手くいくとは限らないから村を避けてほしかったのだけれど、まあ、結果良ければ、いいか」
ドゥーが返事をする。
「あの――」
「どうかしたのか、少年?」
アラカが尋ねる。
「僕、あの村行ったことがある気がするんです」
「おいおい、嫌なことを言うねー」
ダンが言った。別に少年がサカイ村を訪れていたとしてもおかしくはない。今はともかく元々、冒険者も時折、訪れる村だ。しかし、何となく良くないことに思えた。
「色々な憶測が出来てしまいますね」
スーが同意する。
いっそのこと先程、村人に少年を会わせればよかったのかもしれない。しかし、それで交渉が失敗した可能性もあった。
「まあまあ、そうみんな悩ましげな顔をしなさんな。折角、エルフの村の近くまで来たんだ。雰囲気だけでも楽しもうじゃないか」
ドゥーが言った。――サカイ村、それは森と共に生きる民、エルフたちの村である。




