第307話「高等審問官」
「さて、作戦の決行日が決まったということで君たちにお願いしたいことがある」
サイモンが言った。そう、ここからが本題だ。サイモンはただの情報提供者ではない。何らかの目的があってナナ達の接触に応じた筈なのである。サイモンが配置していた見張りに気づき、接触を図ったのはナナ達だったが、サイモンも元より見張りが見つかっても構わないと思っていたきらいがある。寧ろ、見つかることを前提としていたか。
だが、スプリングフィールドやレミントンは見張りに気づいていなかったことを考えると見張りは、かなり上手く潜んでいたのである。ナナもシックスに指摘されて気が付いた。これは、偶然か、それともこちらの技量を完全に把握されているのか。
ナナはサイモンを注意深く観察する。だが、何も見出すことは出来ない。これまで、数回の交流を重ねてきたがずっとそうだった。何というか、雰囲気が全然、偉そうではないのだ。どこまでも普通。だから、逆に内心が見えてこない。だが、今日、ようやくサイモンの目的を知れる訳だ。
「いや、お願いの前に提案を1つ。魔女狩りに入らないか? これは個人的な提案なのだが」
「いえ、お断りさせて頂きます」
シックスが答える。ナナも同様に返事をする。
「そうか。まあいい。機会があれば積極的に勧誘するようにしているのでね。試みに尋ねたまでだ」
「本題をお願いします」
シックスが言葉を促す。
「私は何も無理難題を要求する訳ではない。お願いは単純だ。客員として調査に参加する君達に同行させたい人物がいる。承諾してくれるか?」
ナナは呆気に取られる。言葉通りに解釈するのならば確かに大した願い事では無い。
「詳しく、お聞きしても?」
「言葉の通りだよ。私が今、期待している魔女狩りの新人を君達に任せたい。私は彼に、境界の向こう側を見せてやりたいと考えている」
「彼とは?」
「愛の園、その元リーダーだ」
「良いでしょう。それが、法に反するものでないのならば」
「いやはや、高等審問官に対して大胆な物言いだ。無論、関係各所には話を通しておく。君達には同行をお願いしたいだけだ」
シックスはサイモンの言葉を聞いて、暫し沈黙する。
「良いでしょう」
シックスは熟考の後に、サイモンに向けて手を差し出す。そして2人は握手を交わした。
「――では、お暇致しましょう。また、お会いできるのを楽しみにしております」
サイモンは颯爽と去っていった。
「サイモンは一体、何を考えているのでしょう」
ナナは尋ねる。
「多分、言葉通りだと思います。新人育成以外の何物でもないでしょう」
シックスは答える。
「それだけの為にこんな回りくどいことを?」
「それが、サイモンにとって最も重要なことなのだと思います。まあ、少なくともこちらを陥れるような気配はありませんでしたし、心配することは無いと思います」
「……だと、良いのですが」
シックスがナナを手招きする。ナナが近づくと、シックスは促してナナを傍の椅子に座らせる。
「大丈夫だよ、ナナ」
シックスはナナの頭を撫でる。その灰色がかった瞳は慈しむようにナナを見つめていた。ボクはこの目が好きだ、ナナはそう思う。他の誰の者でもなくちゃんと、シックスの眼差しが好きだ。
「それよりも帰ってからのことを考えよう。恐らく情勢はいいとは言い難いだろうが、それでも久しぶりの故郷だ。スーの弔いもしてやりたい」
ナナの内心を知ってか知らずか、シックスがそんなことを言う。
「……うん」
まだまだ、心の傷は癒えそうに無い。癒せるものなのか、癒していいものなのかも分からない。だが、少なくともシックスという仲間がいれば前に進んでいける筈だ。ナナは少しずつそう思い始めていた。それに、シックスだって同じ痛みを背負っているのだ。だったら、自分が生きる資格が無いなんて絶対に言ってはいけない。
「楽しみだね」
ナナは言った。




