第306話「旅支度」
事態は着々と進行していく。軍と魔女狩りの共同も順調である。合同訓練や町の巡回も既に回数が重ねられていた。愛国心の高い者を選出しているので、結局のところ根で通じ合う部分があるのだろう。そして、レミントンも先日のボランティアで気分が一新出来たようで意気揚々と働いている、とスプリングフィールドから話を聞いた。
いよいよ、境界を越えた調査が間近に迫ってきている。
「……進行なのか、侵攻なのか」
ナナが呟くと、掃除をしていたシックスが反応する。
「進むか、侵すかの違いということですか? しかし、そもそもそこに違いは無いのかもしれません。進むということは常に何かを冒すことと表裏一体。そして、私達はそれを冒険と呼ぶのではないでしょうか」
シックスはサラリとそんなことを語りながら、箒で床を掃いている。手慣れたものだ。
「……ボク達が冒険を否定することなんて出来ませんね」
ナナはシックスの言葉に相槌を打ちながら、誰に告げるともなく呟く。進もうとする者の意思はいつだって尊い。
「ええ、何人にも出来ないことです」
ナナ達が掃除を終えた頃、扉を叩く音がする。来訪者だろう。生憎、家主であるスプリングフィールドは不在だが、多分問題無い筈だ。ナナは来訪者に心当たりがあった。
「今日は。親愛なるシックスさん、ナナさん。お元気そうで何よりです」
現れた男は、挨拶の言葉を述べると深々とお辞儀をする。この男と初めて出会ったのは防衛省舎、防衛長官の部屋にてのことである。スプリングフィールド達が殴り込みに行ったあの時、客人として来た魔女狩りこそが今、目の前にいる男である。
シックスは、男を来客用の部屋に案内すると座らせる。男は謝意を述べながら、おもむろに座る。やはり1つ1つの動きが洗練されている。丁寧かつ大やかな男らしい所作だ。
「何の御用でしょうか、高等審問官殿。急なご訪問でしたので茶の1つも用意できませんが」
シックスが言った。
「家主の不在を承知の訪問です。お構いなく」
男は答える。これは、いつもの手続きのようなものだ。敷居を下げる為の行為とでも言おうか。相手は、高等審問官、すなわち魔女狩りという組織の頂点に立つ男だ。そんな男が気兼ねなく話すには心理的な壁を取り払う必要があるようだ。特別な環境を用意したり、今のように敢えて、礼を失したりというように。
「それで、今日は何のご用件で、サイモンさん?」
シックスは、ざっくばらんに尋ねる。魔女狩りと軍が親睦を深める裏で、ナナ達も密かに高等審問官サイモンと通じ合っていた。調査への準備が着々と進む中で出来ることは少ないが、最善は尽くしたい。そこでサイモンと接触を図ったのだった。……相手も折よく望んでいたようなので。
「……遂に作戦の決行日が決定した」
「準備は整ったということですね」
「その通りだ。完璧ではないが、十分に」
サイモンは答えた。




