第304話「つづき」
「何処に行こうとしているのですか?」
家を出ていこうとしているレミントンにシックスが声を掛ける。スプリングフィールドの計らいによってレミントンは無事休みを取ることが出来た。特に出かける用事も無い筈だ。
「避難所へボランティアに行こうかと。人手はいくらでも必要でしょうから」
「職場を休んで、また別の場所で仕事を働くですか?」
「全く何もしないというのも退屈ですので。体力は余っていますから、いつもと違う仕事をするのも十分、気晴らしになると思いますよ」
「成程、一理あるかもしれません。しかし、被災者と顔を合わせるということになるのでは?」
シックスが尋ねる。避難所にいる人々はつまり、未だに身を寄せる場所が見つかっていないのである。頼れる友人がいたレミントンとは環境に雲泥の差だ。誰が悪いという話でもないが、心理的に穏やかではいられないのではないかとシックスが慮るのはナナにも納得が出来た。
「まあ、そういうこともあるかもしれません。具体的な仕事は行ってから割り振られるようなので、実際どうなるかは分かりませんが」
シックスの問いに対してレミントンは案外、平然としている。だが、内心はどうだろう。レミントンは何も為せない状況を恐れているように思える。ナナは自身の気持ちと比較して、レミントンの思考を推し量った。
「……私も同行しましょう」
「あ、ボクも行きます」
ナナ達はボランティアへと向かう。幸いなことにナナ達に任せられたのは支援物資の仕分けや運搬の業務だった。被災者と面と向かって顔を合わせることは無い。ナナ達は黙々と仕事をこなしていく。ナナは、レミントンの様子を見る。難しいことを考えない単純作業、自らの理屈通り、休めているといいのだけれど。
それにしても、多くの人が参加しているものだ。皆、どのような気持ちで参加しているのだろうか。どうして赤の他人を助けたいと思うだろうか。ナナは仲間だけで良いと思う。でも、一方で少しでも共感してしまったら助けたいという感情を打ち消すことは出来ないだろう。感情は割り切れない。割り切れないからこそ人は助け合えるのかもしれない。
ナナは、何となく見覚えのある顔を複数、見つける。その顔にレミントンが反応した。
「おや、愛の園の――」
成程、家を襲ってきた奴らだ。陰険な表情が晴れて、随分と爽やかな顔を浮かべているから気が付かなかった。熱心に仕事に取り組んでいる。
「あ、あなたは。……ご迷惑をお掛けしまして申し訳ございませんでした」
一同が深々と頭を下げる。
「まさか、こんな所で会うとは思いませんでした」
謝罪を軽く受け流し、レミントンは言った。
「社会奉仕に取り組んでいるのです。それが、やり直しの機会を与えられた自分たちの義務だと思いますから。そして、将来、真っ当なやり方で社会を変えていきたいと思っています」
ナナは少し驚く。考えられる限り、最も良い着地点に辿り着いたものだ。彼らの根がとても純粋だった故だろう。
「リーダー、いや元リーダーも頑張っているって聞きましたし、出来ることからやっていこうと思っています。勝手ではありますがどうかよろしくお願いいたします」
本当に勝手である。けれども、嫌味な感じはしない。これは部外者だからこそ思える事かもしれないが。
「そうか、頑張れ」
レミントンは素っ気なく言った。そして、各々は仕事に戻っていく。この後は、特に何も無く、あっという間に1日が終わりに差し掛かろうとしていた。その時、1台の車が近づいてきた。こんな時間に誰が何の用だろう。
車から1人の男が降りて来る。中肉中背の中年男性、あまり身体的特徴は無いが、背筋が張り詰めるように伸びており、有能そうな雰囲気を覚える。男は連れを1人伴って、ナナに近づいて来る。そして、会釈をすると通り過ぎていく。ボランティアのまとめ役の方に向かったようだ。きびきびと直線的に歩いて行った。
「あれは誰でしょう?」
「政治家でしょう。恐らく視察に来たのではないかと」
レミントンが答える。
「政治家?」
「ええ、何処かの偉い先生です」
「……先生」
先程の男が戻ってくる。
「お仕事の邪魔をするのも申し訳ありませんが、やはり一言だけお伝えしましょう。私は啓蒙派のシャルルと申します。ボランティア頑張って下さいね」
にこやかな笑顔を浮かべ男は言った。成程、これは宣伝活動なのか。ナナの予感通り、男はボランティア活動をしている人々の間を巡って、一言ずつ声を掛け去って行った。恐らく、律儀に毎回、名前を名乗っていったことだろう。
その後、男が去って早々にボランティアは終わった。ナナ達は帰路につく。――先生か。先生と聞くととどうにも考えてしまう。かつて自分が先生と呼んだ人の事を。ねえ、先生。ボクは何処へ行こうとしているのだろう。




