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ナナの世界  作者: 桜田咲
第2章「世界の記述」
303/331

第303話「攻防・趨勢・落着」

「……何だか、久しぶりな気がしますね」


 レミントンが言った。


「ここ数日、忙しそうにしていましたからね」


 シックスが答える。一方のナナとシックスはどうかというと随分と暇だった。何もやることが無い。ただ、スプリングフィールドの家で留守を守っていた。掃除をしたり、食事の用意をしたりと出来得る限りの仕事はしていたが、それでも忙しいとは言えず、焦燥感が溜まっていた。何かしなければと思うが、何をすればいいのか分からない。それが辛いのだ。


「……魔女狩りと軍合同による境界監視団の再編成、両者の軋轢故に一筋縄ではいかないことが多いですから」


 上層部は愛国心が特に高い者を選りすぐって、団を再編成しようとしているようだが、組織の壁が邪魔をしているようだった。


「今後の団の指針はどのようなものになりそうですか?」


「西進の件ですね。一応、調査という名目になりそうです」


 ナナは一息つく。問題はそこだった。団の再編成に当たって、西を目指す計画も同時に進行しているようだった。それが過激なものになれば、仲間達のいる土地が荒らされることになる。ああ、南都ナーラは今、どのような状況にあるのだろうか。そして、冒険者組合の仲間達は。どんなに思い描いても実際の状況は分からない。どんなに願っても軍や魔女狩りの動向を操作することは出来ない。ただ、座して待つというのは本当に辛い。


 今のナナは冒険者組合エージェントとしての任を果たして、自分を納得させることも出来ないのだった。


「それから、調査にはシックスさんとナナさんもご同行して頂けることになりました」


「どうもありがとうございます」


「感謝は止して下さい。私は本当に最低限の為すべきことを為しただけです。いえ、その最低限も満たしているか分かりませんが」


「レミントン、辛気臭い顔は辞めろ。今の立場で尽力すると決めただろう。お2人にも改めて言っておきましょう。私達は最善を尽くすことをお約束します。しかし、一方で私達の立場では出来ることにも限りがあるのです」


 着飾らない言い方だが、こちらを慮っているのは分かる。家に住まわせてもらっていることもあり、スプリングフィールドとも少しずつ、親交が深まっていた。互いの内情についても徐々に共有をしていた。


「分かっています。概ね、予想通りの結果でしょう」


 シックスが答える。


「ええ、まあ、その通りです」


「……私は悪くない流れだと思っていますよ。久しぶりの帰郷は楽しみです」


 シックスは気遣うように言った。


「悪くない流れですか。正直なところ、私は今、どのような状況にあるのかも把握できていないのですよ。ただ、成り行きに身を任せ、己の任に徹することしか出来ない。一体、今、誰と誰が競っているのか。私達は何処へ向かっているのか。何も分からない」


 レミントンが言った。


愛の園(エロス・ガーデン)の件は片付いた。魔女狩りによる一斉検挙は見事だった。あれは芸術だ。避難民の受け入れも所定の手続き通り、最早、軍を必要とする仕事は無いだろう。ホワイトハウスでの災害によって生じたごたごたは沈静化してきている。事態は一先ず収着しようとしている筈なのに、私には一向に全容が見えてこない」


 レミントンの嘆きは理解できる。自分達は相変わらず何かを決定的に知らない。いつまでこの状況が続くのか。とは言え、現在の動向は単純だ。西を目指す、その為に軍も魔女狩りも共同して境界監視団を再編成している。


「私はどうすればいい。団長ならばどう動いただろうか。私は怖い。――私は、再び蠢く木々によって全てが引っ繰り返されるかもしれないことを恐れている」

 

「落ち着け、レミントン」


「スプリングフィールドは実際に目撃していないから分からないかもしれないな。町が、日常が、侵略される恐怖を。あそこでは団長の死ですら矮小化される圧倒的な暴力があった」


 ナナは少し驚く。レミントンがここまで内心を吐露するのは初めてかもしれない。


「レミントン、友よ、深呼吸をするんだ」


 スプリングフィールドに促されるまま、レミントンは呼吸をする。


「すまない。連日の忙しさで精神が少し参っていたようだな」


「レミントン、休暇を申請しろ。少し休んだ方が良い」


「はは、今休むのは無理だろう。それに、団の再編成が始まるまで無断で休んでいたようなものだ」


「何を言っている。治安維持部隊の臨時隊員として働いていたではないか。きちんと手続きも私がしてある」


 愛の園(エロス・ガーデン)を調査していた一件を言っているのだろう。あれはれっきとした仕事であった訳だ。


「ああ、そう言えばそういう扱いになっていたのか。だが、手伝いのようなものだろう。私の仕事では無かった」


「……無理やりにでも休んで貰う。今すぐ、私が休暇を取れるように手続きを進めておく。シックスさんとナナさんはレミントンがしっかりと休むように見張りをお願いします」


 宣言通り、すぐさまスプリングフィールドは家を出ていった。


 ナナは考える。現在は周囲が実に慌ただしい。だが、安寧ではある。特に何も起こらない。平和そのもの。ナナ自身納得していないが、一件落着の状態である。だが、水面下で次の展開への準備が進んでいることは肌で感じる。今はきっと謂わば次の展開への通過点。――ボクはどうすればいいのだろう。


 

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