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ナナの世界  作者: 桜田咲
第2章「世界の記述」
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第301話「人脈」

 魔女狩りは、人を見ない。ただ治安を維持するために機能する。構成員の個性は極力、抑制され、誰もが同じように扱われるのが望ましいとされる。魔女狩りは人間性を排することで組織の目的を実行しようとした。だが、魔女狩りの最大の力は人に依る。そう魔女狩りの最大の力とは――


「人は1人では生きられない」


 外が見られない部屋に今日もまた、紳士がやって来た。ここに来てどのくらいの時間が経ったのだろうか。仲間達は元気にしているのだろうか。どうにも時間の感覚が判然としない。色々、気になることはあるが尋ねることはしない。ただ、黙って紳士の話を聞く。


「人は誰しも関係性の中で生きているのだよ。競争、協働、妨害、庇護。様々な関係は複雑に絡まり合いネットワークを構成する。では、何が、この関係を作り出すのか分かるかい?」


 突然、質問が投げかけられる。頭が上手く働かない。そもそも話の意図が未だ分かっていなかった。ただの雑談のようにも思える。紳士はいつもこの部屋に来ては意味ありげな話をして、去って行った。話の内容に意味は無く、監禁対象である自分の身体の調子や精神状態を調べているだけのようにも思える。つまり、結局はやはり、何も分かっていなかった。


「……愛ですか」


 咄嗟に答える。


「成程、それが君の答えか。実に正しい。愛の園(エロス・ガーデン)も愛によって作り出された関係と言えるだろうね」


「はい。愛とか欲望とか、そういったものの集まりでした」


「実は、同じような経緯で生まれた組織がもう1つある。答えられるかい?」


「……指定警戒組織でしたらそういうのは沢山あると思いますけれど。愛の園(エロス・ガーデン)は偶々、大きくなっちゃっただけで」


「では公的な組織では?」


 言葉に詰まる。答えは分かった。多分だけれど。しかし、答えていいものか迷う。迂闊な言葉を吐けば始末されるかもしれない。この紳士にはそれをすぐさま実行するだけの権力があるのだろうから。


「答えていいのでしょうか」


「構わない。如何なる答えでも君に害をなすことは無いよ」


 紳士は微笑む。嘘偽りの無い朗らかな笑顔である。そのように見えた。


「魔女狩り、です」


「素晴らしい、その通りだ。公的な文書に愛などという言葉は決して現れないが、間違いなく魔女狩りの根底には愛がある」


「しかし、同じように愛に根差している筈なのに、一方は正義、他方は悪という扱いを受けている。私達は、両者を区別する。それは物語故に」


 何故、紳士はこのような話をするのだろう。また、そんなことを思った。


「私達は物語を共有する。正義と悪を峻別する道徳、価値観、美意識。これらは、自己と他者を繋ぐ糸である。『ああ、糸を手繰り寄せて見よ。一際目立つ1本、それが愛だ』」


 何かの引用だろうか。詩か何かか。何処かで聞いたことがあるような気がする。学が無いから分からないが多分、有名な言葉だろう。


「失敬。気取った言葉で君を煙に巻きたい訳では無い。ただ、楽しくお喋りをしたいだけなのだよ」


「そうですか」


「願わくば、ずっと話していたい所だがそろそろ行くとしよう」


 何が何だか分からないまま、話が途切れてしまった。内容は分かる。人は一人では生きられないから、同じ物語を共有できる人と繋がる。ありきたりな価値観だ。この価値観も物語の1つとするのならば、話は少々ややこしくなるだろうが、そこまで考える必要も無いだろう。だが、何故、この話をしたのかは分からない。


「そうだ、提案がある。魔女狩りに入らないか?」


 あまりにもさらりとした口調で聞き逃しそうになった。


「黒い服を着ていないのですね」


 動揺してくだらないことを尋ねてしまう。


「今は、私的な立場なのでね。だからこの提案も私個人によるものだ」


「自分には、価値がありません」


「別に、特別な価値を持っている必要は無い。機会があれば勧誘をすることにしている。それに、君は魔女狩りとして重要な資質を持っている」


「資質?」


「……私は、愛の園(エロス・ガーデン)が大きくなったのは決して偶然では無いと思っている。謙虚で賢い、君は良い若者だよ」


 一体、この紳士は自分の内から何を見出したというのだろう。


「分かりません、自分がどうしたら良いのか」


 心底、困惑していた。


「そうか」


「でも不思議と抵抗感は覚えないんです。愛の園(エロス・ガーデン)のリーダーから、魔女狩りの一員になることに」


「まあ、少し考えてみるといい。では、行くとしよう」


「待ってください。仲間達はどうなりましたか?」


 ようやく聞けた。ずっと聞きたかった問いだ。


「君の仲間は保護した。それから悪い虫も確保した。厄介な共鳴者たちもじきに、沈静化される」


 紳士は断言した。流石、魔女狩りだ。自分でも制御できなくなっていたものを魔女狩りが解決してくれたのだ。魔女狩りの優れた情報網所以だろう。


「分かりました。ありがとうございます」


 紳士は部屋から立ち去った。


 ――魔女狩りの情報網は些細な情報も漏らさない。いつの間にか、朝ご飯のメニューまで把握されているといった噂まである。これは話半分で聞くべきだろうが、全くの嘘とも言えないのが、魔女狩りの脅威を体現している。この強力な情報網を作り上げているのが、人と人との繋がりである。これは、魔女狩りが特別な人脈を持っているという意味ではない。勿論、裏の情報網と呼べるようなものが無い訳では無いが、それは本質ではない。


 ――人々は言う。男は1人の女を愛し、女は1人の男を愛するべきだと。人々は言う。伴侶ある妻を淫らな思いで見ることは罪であると。人々は言う。男と男が交わることは罪であると。


 ――魔女狩りの情報源の大部分を占めるのは、民衆の()()()()告発である。人々は、それを正義と信じて、魔女狩りに垂れ込む。民衆の行動は倫理に支配されている。つまり、人々に共有される物語に。


 ――そう、魔女狩りの最大の力とは物語である。


 







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