第3話「愛の園1」
「もしもし、聞こえてますかー」
スーが言った。
「うん、聞こえているよ」
ナナは答える。
「ふふ、耳飾りからナナの声が聞こえてくるなんて変な感じ」
耳飾り、それは受信機だった。ナナの耳にも付けられている。そして、指輪が声を相手に伝える発信機だった。一見するとただの装飾品にしか見えないが、この機械が狼煙や手旗信号よりも遥かに正確にそして迅速に情報を伝える。
ナナは直前の任務でも指飾りと指輪を身に付けていたが、それが情報をやり取りする道具だとは他者に一切気付かれなかった。冒険者組合が独占する叡智の結晶である。
「――それで、スー、危ない目に合ってない?」
「うん、大丈夫。潜入成功。今、愛の園の拠点にいるよ。これから話を聞いて情報を探っていく予定」
「ボクは予定通り補佐だね。とは言っても今の所、やることないけど。不足の事態があったら連絡して。すぐに駆けつける」
「うん、またね」
通信が切れた。今の所、調査は首尾よく進みそうだ。
ボクも出来ることをしなくてはならない。ナナはそう考えると酒場に向かった。酒場には雑多な情報が集まってくる。大した情報は得られないかもしれないが、行ってみる価値はある。それに……
ナナは、酒場の向かい側を見る。そこには愛の園の拠点があった。全体が朱色で塗装されていて大変、目立つ。
拠点の近くの酒場なら有用な情報が得られる可能性もある。
ナナは酒場に入る。誰もこちらに目を向けない。みんな適度に酔って楽しそうに談話をしている。店員もこちらから注文しない限りわざわざ気を配ることもしない。ナナはさりげなく席について周囲の言葉に耳を傾けた。
程なくして、「媚薬」という言葉が耳に入ってくる。ただ、それは噂程度に過ぎないようだった。今回の任務のきっかけとなったのも恐らくこの程度の噂だろう。もう少し確度は高いかもしれないが、任務が徒労に終わる可能性は十分にある。
ナナはしばらく酒場に滞在した後に席を立った。結局、噂ばかりを何度も耳にしただけだった。しかし、それも重要な情報だ。
噂される頻度があまりにも多い。何かしらの火の元があると見ていいだろう。
ナナが酒場を出るとちょうどスーから連絡がきた。
「ナナ、聞こえる?」
「うん、聞こえてるよ」
「良かった。今、愛の園のメンバーに話を聞いて回っているんだけど、中々、厳しそう。何も知らされていなのか、誤魔化されているのか、一片の情報も漏らさないんだ」
「そっか」
「だから、リーダーのエハドに直接、接触してみようと思う」
「大丈夫? スー?」
「平気だよ。エハドは私を見て、すぐにわたしを愛の園の一員として認めたからね。多分、相手になってくれると思う」
「スー、無茶しないでね」
「ふふ、私も冒険者組合エージェントなんだよ。それに実はナナよりお姉さんだし」
ナナにはスーの笑顔がありありと想像出来た。
「そうそう、ナナ、話は引き出せなかったんだけど、1つ分かったことがあるの。ここの拠点、どうやら地下が存在するみたい」
「ボクの出番だね。夜になったら侵入してみるよ」
「うん、お願い。」




