第29話「獣使い」
森には当然、道は整備されていない。しかし、猿は馬車が通れるルートを的確に見つけ、馬車を導く。更に猿たちが牽制しているのか森の獣たちにも襲われることが無かった。
「スー、どうかしたの?」
ナナは尋ねる。スーは何かを思案しているようだった。
「何か、思い出さない?」
「ああ。――確かにこのやり口はよく知っている」
ナナは考えないようにしていた。あまり思い出したくない思い出。その時、馬車が止まった。辺りは木があまり生えない空白地帯になっている。中央には浅黒い肌の小柄な少年が立っていた。顔の彫りが深く目力がある。
「うわっ」
ナナは思わず声を漏らす。見知った顔であった。
「招待に応じて下さり、ありがとうございます。都議会副議長様に、魔術師バンカ様、そして都議会軍の御二方」
猿が脈絡なく踊り出す。ナナは頭が痛くなりそうだった。
「冒険者組合のドゥーと申します。以後、お見知り置きを」
ドゥー、冒険者組合エージェントの1人、そしてナナとスーの教育係であった。ドゥーは獣使いである。正確には獣に人間性を与えることが出来る。つまりは高度な社会性やコミュニケーション能力を与えることで獣との交渉を可能にしている。
単純に獣を従わせられる訳ではないが、無類の能力であった。
ただ当の本人の人間性には問題があった。
「よう、スー、ナナ久しぶりだな」
ドゥーは馬車に近づいてくると言った。
「ええ、お久しぶりです」
スーが答える。
「知り合いなのか?」
アラカが尋ねてくる。
「ええ、まあ一応知り合いです」
ナナは答えた。
「一応とはひどい物言いだな。一晩を共にした仲じゃないか」
「なんと?」
アラカが言った。
「真面目に取り合わなくていいよ」
ナナは溜息をつく。ドゥーは極めて軽薄であった。始終このような物言いで疲れる。そうでありながら優秀なのだから厄介なのだ。
「何の用ですか?」
「ああ、そうだ。忠告に来たんだよ。サカイ村に向かっているんだろう」
「ええ」
「今はやめといた方がいい」
ドゥーが言うのならば、本当にやめた方がいいのだろう。
「副議長に言って下さい」
「ああ、そうだな」
ドゥーは前に回り込むと副議長と暫く話し込んでいるようだった。そして戻ってくると言った。
「困ったな、了承してもらえなかった」
ドゥーはやれやれと大袈裟にリアクションを取る。
「そもそも、何で行ってはいけないんですか?」
「ああ、謎の少年が村で厄介ごとを起こしたらしいんだ。村人は殺気立っている。今、外部の人間が行ったら大分面倒なことになるだろうな」
ナナはチラリと荷台に座る少年を見た。少年はキョトンとした表情を浮かべていた。




