第28話「猿」
副議長が目を覚ました。それと同時にバンカも姿を現す。馬車のすぐ側に立っていたようだ。
ダンも目を覚ますと少年の身体を揺すった。そして、みんなが目を覚ますと朝食を取る。パンをスープでふやかしながら飲み込んでいった。
バンカは早々に食べ終わって馬の世話をしている。
ナナは周囲を警戒しながらも一息つく。周囲はまだぬかるんでいたが、大分、水が引いていた。
「馬車は走らせられるんでしょうか?」
ナナはバンカに向かって尋ねた。昨日は随分、馬を酷使してしまった筈だ。その上、この環境。馬が故障してしまっては困る。
「心配はありません。丈夫な馬ですから」
バンカが馬をブラッシングしながら答える。ナナたちも身体を清めると、馬車に乗り込んだ。
「さて、今日は森を迂回し、サカイ村まで向かいます」
バンカが声を張り上げて言った。馬車は発進する。ぬかるみをものとせず馬は走っていく。やがて森が近づいてくる。そして森の縁を馬車は進んでいく。
「何だか、懐かしいな」
少年が呟く。
「懐かしい?」
アラカが聞き返す。
「僕、気の合う仲間を探しながらこうやって冒険をしていた気がします。それともそういう妄想かな」
「さあな」
アラカは素っ気なく言う。少年に何かあるのは確かだ。しかし、それが何か思い出せるのは少年しかいない。そして少年が記憶を取り戻した時、どのように対処すればいいのかナナにもまだ分からない。少年と敵対してしまう可能性だってある。ただ、今そんなこと考えたってどうしようもない。ナナは馬車の外に気を配りながら考える。
「おいおい、ありゃ何だ」
ダンが驚きの声を上げた。森の方から大量の猿がこちらを見えている。爛々とした黄色の目は少々不気味である。更に猿は馬車と並走し始めた。〈ミミナリ〉を使って追い払おうか。しかし、猿相手に使うと人間にも作用してしまう可能性がある。しかも猿は今の所、何もしていない。
何とも言えない心地の悪い時間が続いた。単純に襲ってくるのならばいい。朝から既にいくつか対応している。しかし、何もして来ないとういうのは不気味である。
「キーキーキー」
猿たちが突然、騒ぎ立て始める。ナナたちは一気に猿への警戒度を高める。その瞬間、馬車が傾いた。それは落とし穴であった。――猿が落とし穴を作っていた。そして落とし穴に気付かれないように意識を逸らした。
深い穴でも無かったが、馬は身動きが取れなくなりその瞬間、猿たちは馬車の周りを囲い込んだ。まるで人のように
「ご同行願いたい」
しゃがれた声で1匹の猿が言った。やはり只者の猿ではない。何とか出来る筈のバンカは何も反応し無かった。耳を澄ましても副議長の言葉も出てこない。
「……分かりました」
ダンが答えた途端、大量の猿によって馬車が一瞬ふわりと浮くと平らな地面まで引っ張り出された。馬車は猿に引きつられて森の中へと入っていった。




