第26話「六都同盟」
「魔術師バンカか。確かにこんな芸当が出来るのは奴しか知らないが」
ダンが言った。ナナは馬車の外に目をやる。そこには一面を池に変えた張本人が立っていた。その姿は地味である。中肉中背でこれといって際立った特徴がない男だった。しかし、黒々とした水面に立つ様は神々しかった。
「っくちゅん」
可愛らしいくしゃみが1つ飛び出た。少年である。何せ、荷台には屋根がない。副議長と御者が座る前方は荷台とは区切られ、屋根が付いているので雨もある程度凌げただろうがナナたちはびしょ濡れである。
「おや、風邪を引いてしまいますね。乾かして差し上げましょう」
熱風が通り過ぎた。服が乾く。
「単刀直入に聞くが、あんたは魔術師バンカか」
「よくご存知で」
バンカは事も無げに答えた。
魔術師バンカは規格外の象徴である。例えば、南都ナーラ周辺の草木が無い緩衝地帯、それを造り出したのはただ1人、バンカであった。彼の行使する魔術、特に炎の魔術は広範に影響を及ぼす。
「……これは一体、どういうことなんだ」
アラカが呟く。
「取り敢えず、丘の上に行きましょうか」
バンカは、馬車を移動させる。そしてナナたちは馬車から降りる。御者、バンカも降りて来ている。
「あんたがいるなら俺たちの役目は何なんだ?」
ダンが尋ねる。
「分担ですよ。私だって万能では無い」
分担か。一体、副議長はボクたちに何をやらせようとしているのだろうか。ナナは考えた。
「何で躊躇いなく魔術を行使できたんだ?」
「まあ、想像です。自分だったらどの様に作るか。そこから推量して火球を撃ち込みました」
「作る?」
「ええ、人工生物でしょう、あれは」
「は?」
ダンが困惑の声をあげる。
「あれは人工の生物兵器でしょう」
「どういうことだ?」
「ああ、あなた方は知らないことでした」
バンカはダンとアラカに目をやりながら言った。
「そうですね、お教えしましょう。適切なタイミングで情報を開示せよと仰せ使っておりますから。少年は副議長、おじいちゃんの所へ行っておいで」
少年は素直に頷くと馬車の前方に回っていった。
「お2人は六都同盟締結の目的をご存知ですか?」
ナナとスーが計上されていない。これは牽制である。知っていることを知っている。都議会はやはり侮れない。何より問題なのは明らかに魔術師バンカが都議会側に加担していることだ。
「そりゃ、貿易を活発化させるためじゃないか。今は冒険者同士で細々やっているが、各都政府主導で市場拡大を図る」
ダンが言った。
「民衆を守る為でしょう」
アラカも答える。どちらも間違えでは無かった。そういった目的も含まれている。ただ主題では無かった。
「六都同盟の最大の目的、それは北の脅威に対抗する事でございます」
北で作られたと思われる様々なタイプの人工生物はこれまで度々、投入されて来た。それは実験である。実用化に耐えうるか否か。壁の外が誰かの支配する土地では無いとはいえ、そんなものを世に放つのは内在的な敵対行為と言ってよかった。
それに対抗する為の軍事同盟、それが冒険者組合が掴んでいる六都同盟の内容だった。しかし北からの脅威を正直に公表すれば民衆は混乱をきたすだろう。何せ、彼らは守られることに慣れている。だから秘密裏に同盟は結ばれるのだ。
侵略と防衛。だが、そもそも冒険者の観点から語れば、何処かに境界を引くなんてナンセンスである。
「――今回の“空”は図々しいことにあなた方の手の内まで晒させようとしていました」
その通りであった。“空”は遊んでくれるから速度を遅くしたり停止したりしたのか。そんな訳がない。そういう振りをすることで情報を収集していた。ナナはそう考えていた。
「ふっ、寝るか」
ダンが言った。
「いえ、ダンさんは次、見張りですね。ナナの次なので」
ダンは一瞬顔を顰めたが笑い出した。ナナもつられて笑う。そして笑いは連鎖し、夜に響いた。




