第24話「杞喜」
「最善は全員がこの場を生き延びることだ。次善は護衛対象だけでも生還できること。そして、最悪は言うまでも無いが全滅だ」
ダンが言う。
「俺たちが生き残るためには、これまでこいつに遭遇した奴らが見出せなかった思考に辿り着く必要がある」
ナナたちは空を仰ぎ見た。この巨大な何かに対して一体、どのような対策を講じられるというのだろうか。
「……ナナ、取り敢えず、組合長に報告しよう」
スーが囁いた。ナナは頷くと、さりげなく馬車の陰に隠れ、皆と距離を取る。ナナは手短に情報を伝える。独り言を言うように。
「そうか。健闘を祈る」
組合長は一言、それだけ述べた。いつも通りだ。ナナは深呼吸をすると、皆の所に戻った。スーたちは熱心に議論を交わしていた。
「お、ナナ。一人で何をやっていた?」
ダンが尋ねてくる。やはり何も悟らせないのは無理があったか。ナナはそう考えると冷静に返事をする。
「ああ、ちょっと1人になれば妙案も浮かぶかもって」
「そうか。何か思いついたか?」
「そうだね、全く動かないようにするとか」
「ああ、こちらが完全停止すれば空も止まるかもしれないな」
「……現実的でないだろう」
アラカが横から突っ込む。
「まあまあ、行き詰まっているんだから取り敢えず意見を出すことが大事なんだ」
「――あのさ、言葉が通じないかな、あの空」
それまで静観していた少年が突然、口を開いた。
「どういうことだ、少年?」
「あの空、結構賢いんじゃないかな? 逃げようとしたら速度を速めて来たし 今だって、僕たちが話し合っているのを待っているように見える」
ナナは空を見上げる。空はあいも変わらず落ち続けている。ゆっくりと。そして言われてみれば攻撃を加えていた時よりも更に速度が遅くなっていることを感じられた。それが話し合いを待っているからだからなのかは分からない。
「成程、そいつはおっさんには思いつかない考えだ。じゃあ、試してみるか」
ダンが大きく息を吸い込んだのが分かった。
「空よー。止まってくれないかー」
驚くべきことに空は動きを止めた。
「はは、慧眼だな、少年」
ダンは辛うじて軽口を言いながらも、動揺を隠せていないようだ。少年は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「別の所に行ってくれないかー」
今度は空は動じない。
「どういうことだと思う? 少年」
「うーん、遊びたいのかな。これまでのも追いかけっこ、的当てそういうつもりだったのかも」
「矢で眼を射らせて、楽しんでいたってことかい、先生?」
「そういうこと」
「……戯言だ」
アラカが吐き捨てるようにいった。アラカの気持ちには共感できる。しかし、案外世の中にはふざけたことがまかり通っているものだ。
「それなら、テンション上がった空にじゃれつかれたら、おしまいってことね」
スーが少年の言葉を補足するように言う。ナナは、空を見上げる。心なしか空が可愛く見えてきた。




