第23話「杞憂」
空が落ちてきている。ナナは鋭く声を発する。
「上空警戒!」
スー、ダン、アラカが一気に警戒態勢に入る。
「おいおい、何だこりゃ」
空、あるいは空と見間違うような巨大な何か、それがゆっくりと落ちてきていた。暗闇と無数の光点によって構成されるそれははっきりと脅威だと感じられた。
スーが〈火矢〉を放つ。アラカも矢を放つ。しかし、結局何にも当たらず、弧を描いただけに終わった。
「まだ、遠いみたい」
スーが言った。
「逃げ切れるか試してみるか?」
ダンが提案する。御者はすぐにでも馬車を走らせられるように構えている。その横で、副議長は悠然と座っていた。
ナナたちが荷台に飛び乗ると馬車は走り出す。夜、悪路を出来る限りの速度で。幸い何にも妨害されることなく馬車は進んで行く。何とも賢い馬だ。ペガサスの血を引いていることだけはある。ナナは空を見上げる。相変わらず空は下降を続けている。しかしそれだけではない。
「あの、ダンさん――」
「ああ、そうだな。馬車を止めてくれ」
空が落ちる速度が速くなっていた。因果関係は分からない。しかし、馬車を走らせれば走らせる程、速くなっているのは確かなようだ。
「……さて、困ったな。空が落ちてくるなんて話聞いたことないぞ。どう対処すればいいのか分からない」
「何か、勘違いをしているのかもしれません。本当に空が落ちてきているのでしょうか?」
「幻惑の類であるとかそういう話か?」
ダンとスーの会話を聞きながらナナも考える。これは一体、どういう事象なのか? 以前、ハトの大群が上空を覆い、夜が訪れたかと思ったと語っていた冒険者がいた。しかし、これはそれとは違う。落ちてくる空は一様で、複数の個体の集合だとは思えない。
……微小な個体の集合であったら現在の状況を再現可能だろうか。ネットワーク生物を構成した菌のように。しかし、それならば数は夥しいことになる。
「空を見ろ」
アラカが声を発する。ナナは上を見た。空はもう大分、降りてきていた。巨大な星が輝いている。いや、それは星では無かった。巨大なたくさんの眼、それが爛々と輝き、まばたきをしている。アラカは眼に向かって矢を射った。眼が閉じる。星が消えたように見える。しかし、すぐに眼が開く。
「……防がれたか」
「私が少しずらして射ってみる」
アラカは小さく頷くと再び矢を射った。再び眼は閉じられ、矢は防がれる。その瞬間に合わせて、スーが〈火矢〉を発動させる。〈火矢〉によって生まれた火の線は真っ直ぐに眼へと向かっていく。
「やった、当たった」
眼はみるみる萎むように小さくなっていった。
「あまり、賢くはないようだな。というより、眼同士の感覚は共有されていないのか?」
アラカは冷静に推察をする。落ちてきた空の正体は段々と分かってきた。しかし、不気味さは一層増す。
「冒険者組合には何か報告されていないのかい?」
ダンが尋ねる。
「何もないですね。類似するような例も聞いたことがないです」
スーの言葉にナナも頷く。
「取り敢えず、眼を潰していこう」
スーとアラカが協力して眼を潰していく。そして、頭上にはポッカリと暗闇が生まれた。星は見えない。少し離れたところで瞬くのもおそらく眼だろう。
「やはり、眼だけじゃなくて、何かがあるようだな」
空はゆっくりと下降している。未だ、解決策は見つからない。
「なあ、嫌な仮説立てていいか?」
ダンがポツリと呟いた。
「何ですか?」
スーが尋ねる。
「今まで、こいつを発見した奴ら、全員死んでいるんじゃないか?」
最もな仮説であった。それならば、これまでにこいつの報告例がないことの説明がつく。そして最悪の仮説であった。落ちてくる空は死へのカウントダウンになる。




