第21話「副議長」
御者の指差す先では確かに人が寝ていた。死んでいるようにも見える。しかし、確かに寝息が確認でき、生きているのが分かった。ソロの冒険者ということも考えられたが、物理的にも魔術的にも一切の対策をとっていないのが奇妙だった。これでは寝ている間に永遠の眠りについてしまってもおかしくない。
「おーい、起きろ」
ダンが声をかける。
「うん?」
眠たげな声が発せられる。年齢はナナやスーと同じくらいだろうか。性別はおそらく男だろうが中性的、柔和な顔立ちをしていた。
「誰だ?」
眠りからようやく目が覚めたのか、少年は尋ねる。
「誰だって、こっちが聞きたい」
「――違う。僕は誰だ? ここはどこだ? 何も思い出せないや」
「は?」
ダンは思わず、声を漏らす。
「……記憶喪失だな」
アラカが横から言った。
「そうだな、少し待っていてくれ」
ダンはそう言うと、ナナたちを馬車の影に連れて行く。
「さて、俺たちの選択肢は2つ。保護か放置だ。保護するなら護衛対象に伺いを立てる必要がある」
ダンはヒソヒソと言う。
「保護すべきだろう。記憶喪失の少年を放置出来る訳ない」
アラカが真っ先に言う。ナナは意外に思う。
「へー、意外だね。そんなこと言うなんて」
スーも同じことを思ったのか口にした。
「当たり前だろう。軍は人々を守るためにある」
「ふふ、こいつは熱い奴なんだ。まあ、いい。アラカの意見に反対の奴はいるか?」
ナナは黙った。敢えて反論はしない。軍に従うことそれも今回に任務における重要なことであった。アラカの意見が軍の総意とも思えなかったがそれは別問題である。
「じゃあ、護衛対象、副議長様にお伺いをたてるとするか」
副議長は一連の流れには無関心なまま馬車の席に座ったままだった。六都同盟の使者に選ばれただけあって胆力があるのだろう。
白髪で、小柄で、気さくそうな顔つき。それでも、そのまま気さくなお爺さんのわけはない。
「あ、皆さん戻ってきました」
「すまないが、もう少し待ってくれ」
「はい」
少年は、自身がどう扱われているのか気を配ることなく、従順に待ち続けている。ダンはどっしりと腰掛けたままの副議長に近づくと声をかけた。ナナたちは少し後方で待機している。少年のそばにいる。
「あの少年は記憶喪失のようです。保護してもよろしいでしょうか」
「……勿論です。それ以外の選択肢があるでしょうか?」
「あ、ああ、その通りですね」
ダンは予想外の返事に少々、驚く。
「では少年を保護し、道中で保護を委託出来る場所があれば、そこに預けます」
「ええ、それがいいでしょう」
ダンはナナたちのいる所に戻ると言った。
「少年、馬車に乗れ。安全な所まで連れて行く」
「ええ、やったー。僕、馬車乗るの初めて」
「おい、乗ったことないっていうのは覚えているのか?」
アラカが少年の言葉尻を捉えると素早く尋ねる。
「うーん、何だろう。何となくそんな気がしただけ」
「何をしている、お前たち。早く乗れ」
いつの間にかダン、1人だけが馬車の荷台に素早く乗り込んでいる。ナナたちもそれを追って馬車に乗る。馬車は再び動き始めた。中断を食らったが、ここからが旅の本番である。ナナは気を引き締め直す。




