第200話「世界。不和。」
身体はやはり動かない。孤独だ。独りを強く実感すると過去の記憶が蘇ってくる。
「よし、今日の勉強は終わりだ」
先生が言った。
「えー、もう終わり」
「すまない」
先生はボク達の頭を撫でるとそそくさと歩いて行ってしまった。最近何だか、変だ。先生の様子もおかしいけれど、それ以上に大人達の様子もおかしい。何だか、ざわざわしていた。
「……何が起こっているんだろう」
「新しい皇帝が即位したんだって」
皇帝、即位。それがどういった意味を持つのかははっきりとは理解できなかった。だが、それが大人達の様子をおかしくしているのだろうということは想定できた。
「みんな、そんな不安そうな顔をするなよ。こんな時こそ仲間で励まし合うんだ」
「その通りね。不安に負けちゃ駄目」
「みんなで、頑張ろう」
自分自身、そして仲間を鼓舞するようにボクは言った。
「おう、頑張ろうな」
ボク達はいつものように、夕方まで過ごした。そして、家へ向かう。少し、憂鬱だった。この頃は母の当たりが以前にもまして苛烈になっている。ナナは家の近くまで来て、足を止める。丁度、誰かが家に訪れているようだった。ナナは物陰に隠れて、様子を伺う。母が玄関に出て、応対していた。
「こちらの家に悪魔の子がいるという通報がありました」
鷹揚とした、それでいてどこか不気味な男だった。
「それが何?」
「事実ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、事実よ。あの子が何かしたの? だったらさっさと連れて行って」
「……あなたは、悪魔の母ということだ。悪魔を生み、そして育てた」
「ちょっと、あなたの目的は何?」
母は戸惑ったように尋ねた。
「何故、悪魔を殺さなかった」
「何故って、人殺しになってしまうのでしょう」
「悪魔は、悪魔だ。あなたは大変に罪深い」
母は、腰が抜けたようで尻もちをついた。男の目的が自分自身にあると気づいたのだろう。
「ふ、ふざけるなよ。殺せるなら殺してしまいたかった。お国が駄目だと言ったんだろう」
「……ああ、先代の方針ですか。関係のないことです」
「お母さん、お客さんでも来てるの?」
姉が1人、玄関の方に近づいてきたようだった。声だけが聞こえる。
「来ては、駄目」
母が叫ぶ。何か、破裂音がした。
「あの子は私の子供よ。悪魔とは関係ない」
母は泣き叫ぶように言った。一体、何が起きたのか。
「悪魔と血を分けた姉弟でしょう。大変、罪深い」
また、破裂音がした。母が倒れる。男は、家の中に入っていった。ボクはその瞬間に逃げ出す。何よりも速く、出来るだけ遠くへ。ボクは無茶苦茶に走った。息が切れて倒れるまで走った。




