第199話「おしゃべり」
ああ、酷い気分だ。ナナは考える。ボクは、裏切られたのか。ドゥーは一体どういうつもりなのか。全身がバラバラになったような気分だ。こうして思考が出来るということは少なくとも頭と胴体は繋がっているのだろうけれども。
身体は、動かない。周囲の状況確認をしなければならない。ドゥーの裏切りも伝えなければならない。いや、そもそも誰の意思なのか。裏切りというより切り捨てられたと考えることも出来る。それならば、スーに伝えなければ。
いや、こんなことを考えても仕方がない。ただ、こうして思考を巡らすこと以外何も出来ないのだから。
「ナナ、すまないな。暫く大人しくしていてくれ」
ドゥーの声が聞こえる。だが、返事をすることは出来ない。ドゥーの声は疲弊していた。これは、普段、ドゥーがナナやスーに見せようとしない一面だ。ドゥーは軽薄で胡散臭い。実際にそのような性質も持ち合わせているだろうが、半ばそういった性格を演じている向きがある。だから、今のように生真面目さを煮詰めたような疲弊した声は漏らさなかった。
「この先に、行かせる訳にはいかなかった。何せ、和平交渉は失敗するらしい」
一体、誰に聞いた言葉だろうか。だが、ドゥーはその情報を信じているようだった。
「難しいことだ。人々が安穏と暮らせる世界には一体、どこに存在しているのか。ところで、ナナは怒っているか? ――夜を共にした俺でも分からないな」
ドゥーはさして面白くもなさそうに乾いた笑い声を発する。
「だが、分かることもある。未来を見る少年に出会っただろう」
泉の少年のことだろうか。鏡の結晶の能力で世界を見るという少年。
「俺もよく知っている。ナナを足止めすることで、破滅への道のりが早まる」
ああ、確か、そういったようなことを言っていた。進んでも最終的な結果は変わらないとも言っていたが。それならば、抗い続けるまでだ。
「その反対を選んでも意味がないことを知っている。だから、ずらす。未来へと続いていく道そのものをずらしてしまう。未来は変えることが出来る……らしい」
ドゥーは飄々と言う。
「まあ、どうでも良いことさ。平和が訪れるのならば、俺は命令に従うまでだ。俺には未来なんて見えない。未来は変わらないだとか変えられるだとか込み入ったことは分からない。でも、上手くいった。そういう結果を積み重ねたら、次も上手くいくと思うだろう」
ドゥーは段々と熱くなっていった、しかし、途中で熱くなる自分に気が付いたのか、声にこもった熱気は尻つぼみに縮んでいった。
「……休息を取ったらいい」
ドゥーの気配は遠ざかっていった。




