第197話「廃墟の巫女」
「――分かりました。あなた方に悪意は無いようですね」
長い説得の末に、巫女を名乗った女はようやく納得した。
「最初から、そう言っているだろう。俺たちは完全なる善意で子供を保護しようとしたんだ」
大げさな身振り手振りをして、やれやれと頭を振る。完全なる善意というのは少々、行き過ぎた表現であるかもしれないが、少なくとも悪意ではないとダンは考えていた。
「ですが、保護をするのでしたら私の方が相応しいでしょう。そして私には巫女として子供たちを守る義務があります」
「あー、そうか」
ダンは頭を掻きむしる。一度、保護するといった対象を簡単に手放すことは出来ない。道義的には、この巫女に渡してしまうのが正しいのだろうが、そうするとほんの少し厄介なことになる。ダンは一介の兵士であり、既に報告を済ませてしまったからだ。
「何か問題がおありでしょうか。悪意がないのでしたら。当然、子供は引き渡してくれますでしょう」
巫女は、こちらの都合を読んでか、読まずかズケズケとものを言ってくる。
「分かりました。さあ、お行き」
ダンは、女の子の背中を軽く押すと巫女の方に行くように促す。女の子は押された勢いそのままで進むようにゆっくりと巫女の下に歩み寄った。
「もう、大丈夫だよ。私たちは神のお側にいるのだから」
巫女が子供を連れて、歩き始めた。ダン達もその後を付いていく。
「何故、付いてくるのですか?」
「行き先の方向が同じだからだ」
「そうですか」
巫女は黙々と歩いていく。巫女の腕には特に幼年の子供たちがしがみついていて、歩き辛そうであった。
「……後を付けてきていますよね」
「ああ、方向が同じだからな」
巫女は釈然としていない様子だったがひたすらに歩いていく。そして、屋敷に辿り着いた。
「付けてきていましたね」
「ああ、目的地が同じだったな」
「全く、ふざけないでください」
ふざけているのはそちらだとダンは思った。だが、すぐに思い直す。無垢なのだ。おそらく安穏と幸せに生きてきたのだ。それがこうして詳しい経緯は分からないが子供を保護している。もう既に手一杯なのだろう。
「まあ、付いてきてしまったものは仕方ありません。ここは私たちが仮拠点としている屋敷です」
「そうか」
屋敷は広かったが、巫女が仮拠点として使っていたのはその1部屋であった。1部屋に子供の衣服やらかき集めた食糧やらが集められていた。おそらく町中から集めてきたのだろう。
「ずっと、この廃墟にいるつもりなのか?」
ダンはふと、気になって尋ねてしまう。
「……廃墟。いえ、ずっとこの町にいる訳ではありません。備蓄も集まりましたので他の町に移動するつもりです。もう、この町に残っている人もいないようですしね。しかし、まさか最後の最後に町の者ではなく余所者に新たに遭うことになりますとは」
巫女は丁寧に答える。
「ですが、これも1つのお導きなのかもしれません。不躾ですが、お願いがございます。町までの道のりを護送してくださいませんか」
「……は?」




