第196話「想像力が足りてない」
「矛盾があるのではありませんか?」
スーが口を挟んできた。
「矛盾、ですか?」
「神聖狼馬帝国は平和を維持する仕組みなのでしょう。委員会が何故、それを破壊するようなことをするのでしょう」
「……何故でしょうね。私には分かりえないことです。私はしがない女ですから。私なりに推察するとするのならば、彼らは大義の為ならば何でもするという事でしょうか」
世界を1つにすることか。内心でナナは呟く。その為ならば、既存の仕組みを壊すことなどものともしない。実に男らしい姿勢である。熊みたいな委員長のイメージとよく合致する。
「本当に、私には理解できないのです。彼らは企みを隠そうともしませんでしたわ。流石に大っぴらにすることはありませんでしたが、探りを入れれば私でも企みを看過出来るほどでした」
「そうでしたか」
改めて、考えれば、皆平和を望んでいる筈だ。ボクは仲間が平和にすごせたらいいと思っている。ナナは考える。組合長は、南都ナーラの人々の平和を望んでいる筈だ。各都の長も平和を望み、北からの侵略に抵抗しようとしている。今は狼馬帝国の手に落ちた大都コーサカも同じく平和を望んだ筈だ。議長のハシバと副議長のヨドゥヤ、やり方は異なったが平和を望んでいた。そして、狼馬帝国も平和を望んでいる。
……何故、世界は平和にならないのだろうか。
町が見えてきた。町であったものが見えてきた。馬車が着陸する。皇女が顔を歪める。怒っている顔か、悲しんでいる顔か、もっと単純に不愉快に思っている顔か、ナナには判断は出来なかった。馬車を降りるナナの手を握る御者も微妙に顔を歪めていた。ナナは一切の感情が表情に出ないように心掛けた。
「これは、正しくないよね?」
エイユーが言ったが誰も答えない。
「行きましょう」
町の中を歩く。以前、静かな町だと感じた。しかし、それでも町には温度が存在した。生きた人がいなくなった町は冷え切っていた。屋敷の前に辿り着く。屋敷は案外、綺麗だった。ナナたちは屋敷内に踏み込む。
内部も荒らされた形跡はあるもののある程度、整然さは保たれていた。皇女は鈴を見つけてくると音を鳴らす。誰もやって来ない。
「みんな、無事かしら?」
皇女は呟く。その後も、ナナたちは入念に屋敷を巡った。ある物は放置され、ある物は無くなっていた。価値あると判断されたものは持ち去られたのだろう。
「……私の幼い頃の衣服まで持ち去られている」
ここは皇女の育った町だったのか。しかし、その故郷は根こそぎ蹂躙されたのだ。




