第195話「願望」
「……魔力の結晶」
皇女が呟く。
「お2人の言い方に倣って、魔力の結晶と呼びましょう」
皇女は馬車の中からよく聞き耳を立てていたようだ。そんなことを言った。
「魔力の結晶は様々な力を秘めているわ。だからこそ、神聖狼馬帝国においても各地で発見されたそれらは様々な名前で呼ばれましたの。同じ物を指しているとは、はじめ分からなかったわ」
ナナは眉を顰める。皇女は狼馬帝国の目的について語ると言った。しかし、今の語りがどう目的と繋がってくるのか見えて来ない。
「しかし、情報が集積され、研究が進んでいった結果、その正体は明るみになった。そして、その能力につても大いに調査がなされたわ」
何か、恐ろしい物語の前振りのように皇女はどこかおどろおどろしく語る。もしくはそのおどろおどろしさは聞き手の問題であるかもしれなかった。ナナは嫌な予感を覚えた。
「魔力の結晶は世界の法則ですら相対化するわ。様々な能力はあれどそれが本質よ」
ナナは言葉を発することが出来なかった。
「言い換えれば、魔力の結晶を使えば、神になることが出来るのよ」
随分と過激な発言だ。神を信仰する者の言葉としては尚更である。
「恐ろしい、不敬よ。それでも彼らはその道を選んだわ」
「彼ら?」
「神聖狼馬帝国の意志、いや委員会の意志と言った方がいいでしょう。委員会は自らを神とするつもりよ。そうすれば彼らは皇帝より上の立場につくことになるわ。そうすれば、今度こそ帝国は終わりね」
「神とするとは、どう言うことでしょう?」
「委員会は現在の所、あくまで有力な諸侯の集まりに過ぎません。帝国を繋ぎ止めているのはやはり皇帝なのです。しかし、彼らにとっては邪魔なのでしょうね。だからこそ、対外的に、皇帝に対する超越性を示すことで、皇帝の上に立とうとしているのですわ」
全く野心に溢れている。こんな野心を隠し持っていたのならば委員長が心折れなかったのは納得出来る。
「魔力の結晶を、手中に入れるということは、世界の法則を手中に入れるということですわ。神殿も委員会を認めざるを得なくなるでしょう。――恐ろしい謀略だわ。自ら神になるなんて」
「……帝国内でも諍いがあるのか」
スーが横に座るナナに僅かに聞こえるくらいの小声で呟く。
「さて目的の話だったわね。つまり神聖狼馬帝国、より正確に言えば委員会は魔力の結晶を求めているということよ」
「そうした立ち位置で見えると、お遣いは、どうなるのでしょう? 神のお遣いでしょう。皇帝の上に立つことになりませんか?」
ナナは尋ねる。
「そうね。その通りよ。けれども、皇帝もお遣いも神殿が任命するから問題ないわ。自ら神になろうとする行為が問題なの」
「そうですか」
ナナは相槌を打った。




