第193話「空と夢4」
「逆立ちの少年」
ナナは呟く。今は逆立ちはしていない。しかし、その姿は夢で見た少年の姿と等しかった。
「私も知っている。――で見た」
スーが言った。何となく予感はしていた。みんな同じ夢を見ていたのではないかと。少なくとも一部は共有される夢だ。
少年が馬車に近付いて来る。水面を歩くように。その際、水面は一切揺らがない。只者では無い。理を超越したような存在だ。窓から覗いていると御者の少女が少年と対面する。
「それ以上、近づくな。それ以上近づいたら喰い殺すぞ」
少女が唸るように言った。中々、物騒な警告である。
「何者だ?」
少年は思案するような表情を浮かべた。一体、何を考えているのか。
「……夢で見たのと、同じ姿だ。お前の仕業なのだな。皇女様によくも手を出したな」
少女は少年に対して敵愾心を剥き出しにしている。
「このまま諍いに発展したら不味い。私たちも行きましょう」
スーが言った。
「私とナナで行きます。皇女様とエイユーは待機していて下さい」
ナナとスーは馬車から降りた。
「落ち着いて下さい」
スーが頭を撫でると、少女は気分が落ち着いたようだ。
「そうだね。――敵ではない」
周りの様子は全く意に関せず、少年がのんびりと返事をする。
「どういうことでしょうか」
スーが尋ねる。
「南にも北にも東にも西にも、属さないということだ。敢えて言うのならば天と地に属している」
何を言っているのか分からない。少年はナナの方をチラリと見た。
「叡智の結晶、力の結晶、鏡の結晶」
少年は歌うように言った。あまりにもさり気なく、ナナは聞き落としそうになる。
「うん、鏡の結晶と呼ぶことにしよう」
「……魔力の結晶がここにあるというのですか」
事態は飲み込めていないだろう。だが、スーは何とか質問を捻り出す。
「鏡の結晶は泉に眠っている。そう、鏡なんだ。天と地で一対の幻惑の世界。空は泉を写し、泉は空を写す」
少年は自慢げに語る。
「そして鏡は扉だ。過去への扉、未来への扉。鏡は蓄積された過去もこれから紡がれる未来も写す」
少年は身振り手振り、大仰である。煩わしいが少し事情は分かってくる。ようは犯人はこいつだ。
「先生の声でボクを謀っただろう」
ナナが言う。少年の言葉が止まった。
「成程、怒っているのか」
少年は独り言のように言う。
「大人しくしてもらった方がいいかな」
泉に波紋が生じる。それと呼応するように水滴が上空に飛び去って行く。
「天地逆。空に落ちるといい」
一瞬、浮遊感を感じる。
「お待ち下さい」
スーが言った。泉の波紋が収まる。浮遊感も治った。
「さあ、話をお聞かせ下さい」
スーが言った。




