第192話「空と夢3」
「あなたは、先生では無い」
ナナは断言する。
「いやはや、全く驚いたな。声も言葉も先生のものだった筈だ」
声は嘆息する。先程から返事は飄々としている。嘘を看破されても動揺する様子は無かった。
「質問に答えるんだ。誰だ?」
「さあ、誰だろう。過去かもしれないし未来かもしれない」
どうにも信用の出来ない返事である。そして、油断ならない。声の主は、心を読むといった類の能力を有する筈だ。先生との会話の内容を知っていた。或いはそんなことが出来るのならば洗脳も出来るかもしれない。
そうそう操られない自信はあるが魔力的な手法によれば、不可能は可能になるだろう。漠都トトッリの武器も、南都ナーラの伝達機械も、根本にあるのは魔力と考えることが出来る。考えても仕方の無いことだ。洗脳なんてどのように逃れることが出来るだろうか。
「では、目的は?」
「今ここにいることだ」
「どういうことだ?」
「他でも無い、今ここにいることが重要だということだ」
今ここにいること。ナナと声が言葉を交わしている。時を共に過ごしている。
「まさか、時間稼ぎか」
「時間稼ぎでは無い。ただあるべき所へ運命を導くだけだ。間違った選択肢は不幸の源だろうから」
「何をさせる気だ?」
「反対だ。何もさせない」
声が崩れた。先生の声では無かった。抑揚の無い冷たい声。先生とは似ても似つかない。
その時、降り注ぐ光が歪んだ。真っ白な世界に陰影が生じる。
「ナナ!」
スーの声が聞こえた。ナナはスーの声の方を向く。
「スー!」
手が差し伸べられた。白い手だ。白い空間に白い手。しかしスーの手の輪郭ははっきりと浮かび上がっていた。ナナは手を握る。そうして、気が付くとナナは馬車に座っていた。
「あれ、何でこんな所に?」
「私達は夢を見ていたみたいなの」
スーが答える。
「全部、夢?」
「全部では無いわ。ここは空の上よ」
皇女が答えた。
「水面を照らす光が、私達を夢へと誘っていると考えている。私達はここに到着した時点で惑わされ始めていた」
「どうやって、幻惑から抜け出せたの?」
「エイユーのおかげ」
エイユーが誇らしげな表情を浮かべている。
「時空を歪ませることで幻惑の光に対抗したんだ」
エイユーは言う。
「ナナ、どうしたの?」
ナナは悩ましげな表情を浮かべていた。
「夢にしては、意味が通り過ぎている、そんな気がして」
しかし、深く考えている余裕は無かった。馬車が着いた水面が消失した。馬車が落下していく。空から地面へ向けての落下である。
地面に激突すると思った。しかし御者の腕のおかげだろうか。ペガサスの能力のおかげだろうか。ゆっくりと地面に着くことが出来た。小さな泉の側である。空を映し取ったかのような美しい泉である。
そして泉の中央に少年が立っていた。




