第185話「底知れない」
委員長は大分、疲労しているようだった。無理な姿勢で拘束をしているので当然である。だが、それ以上のことはしない。ただ、懇切丁寧に頼み込むだけである。そして、時折、眠気覚ましに水をかけてやる。
「何卒、お願い致します」
「……分かった」
委員長はようやく音を上げる。見た目通りの頑強さで説得には骨が折れた。
「南下計画の凍結及び和平交渉を委員会に提案すれば良いのだな」
「ええ。ご協力感謝致します」
ナナは委員長の拘束を解く。それから、見張りも解放した。首尾よくいって良かった。ナナは嘆息する。
「約束は、違えない」
委員長がポツリと呟く。大きな声では無いのに妙に力強い一言だった。
「だが、全てが思い通りに行くとは思わないことだ」
気力、体力共に削られていた筈の委員長が勢いよく立ち上がった。ナナは思わず、後ずさる。
「それから、1つ尋ねておきたいが、これはお願いであった。拷問では無く。合っているか?」
「……ええ」
スーはそう答えた。当然そう答える。だが、何故か、そう答えるように強制されているように感じられた。
「そうか、ではこのことについて他言は不要だな。私は、お客人の真摯な言葉に心動かされ、行動を起こすことにした。それだけだ」
勿論、言いふらされては困る。だからこそ、強めにお願いして従属させようとした。そして、その試みは成功したように思われた。だが、この男、委員長は猛獣だ。手綱は取れない。滞りなくことは進んでいる筈なのに全くその実感を得ることが出来なかった。それどころか、全てが破綻してしまったような気分になる。
「朝だ。朝食へ向かうとしよう」
委員長を先頭にナナ達は、朝食へ向かう。
「ナナ、ごめんなさい」
道すがら、スーがナナに耳打ちをする。
「ごめんはボクの方だ。委員長の精神状態を上手く見極められなかった」
朝食の場には皇女がいた。遅れて、エイユーと獣の耳を持つ少女がやって来る。少し眠たげだ。この後、仮眠をとることだろう。
「いつの間に部屋を出たんだ?」
エイユーが尋ねてくる。
「やはり、夢うつつだったのですね。挨拶をしたんですよ。そうしたら妙にふにゃふにゃとした挨拶を返すと思ったのです」
「ふーん、そっかー」
エイユーは特に疑うことなく納得したようだ。一方、少女は何か言いたげにこちらを見ていた。
ナナは朝食をとる。嫌に塩辛く感じた。参った。精神的に不調をきたしているのは委員長より寧ろボクの方だ。ナナは考える。
「そう言えば、お2人に皇帝陛下が謁見するように求めているわ」
不意に皇女がそう言った。




