第184話「日々の果てに」
「酷いな」
町は破壊の限りを尽くされていた。人の気配も無い。
「これが、同盟軍のやったことだと思うとあまり気分は良く無いな」
「……軍隊は、人々を守る為にあるのでは無かったのですか。害獣や敵対する兵との戦闘はあるでしょう。だけど、何の罪も無い人々が暮らす町を蹂躙するのが軍隊なのか」
「まあ、そう憤るな。仕方のないことだ。こうなっていたのは南都ナーラだったのかもしれない」
ダンはアラカを諌める。とは言え、北の動きは未だ不透明である。だからこそ、南都からは各地に班が派遣されて、北の動向を把握するように努めている。そういう訳でダン率いる、班は蹂躙された町の調査を行なっていた。
「それにしても、生々しいな」
ダンは呟く。道には家財が散乱していた。おそらく持ち出そうとして途中で無理だと気がついたのだろう。そして、時折、鼻をつくような臭いがする。死体の臭い、甘ったるく絡みつくような怨念の匂いだ。
死体の数はそう多く無かった。多くは事前に避難できたのだろう。そして逃げれた者は生き残った。だが、逃げれなかった者は死んだ。
「あれ?」
班員の1人が戸惑ったような声を出す。
「どうかしたか」
ダンは尋ねる。
「何か、視線を感じたような」
ダンは周囲を見渡す。こんな場所では、あらぬ気配を感じてもおかしくは無い。だが、もしや生きている者がいるのだろうか。
「動くな射るぞ」
アラカが声を張り上げた。アラカが目線を向ける先、建物の死角から、人影が現れた。小さな女の子である。アラカは慌てて弓矢を下ろす。
「生き残りか」
ダンは呟く。これは幸いである。だが、最悪でもある。
「独りか?」
返事は無かった。女の子はこちらを注意深く見ている。怯え、怒り、諦め、様々な感情が入り乱れているようだった。女の子は不意に視線を外すと歩き始める。
「後をつける。威圧的にならないように気をつけろ」
ダン達は女の子の後をゆっくり歩く。女の子は1つの建物に入っていった。ダンは足を止める。屋内から死臭がする。それでも足を踏み入れると、女の子が死体と対面していた。死体の側には花瓶が置かれ、花瓶に花が添えられている。
母親だろうか。ダンは女の子と死体の間柄をそう推測する。それよりも重要なことは女の子は死を理解しているのかということだ。花を添えるという行為は母親の死を理解しているからこそだろうか。それとも生きていた頃からの慣習か。
「保護、出来ませんか?」
アラカが尋ねる。
「そうだな。なあ、一緒に来るか」
女の子に語りかかる。アラカは嬉しそうな表情を浮かべた。女の子は否定も肯定もしない。ただ、ぼんやりとしていた。感情を遮断しているという表現が正確かもしれない。ダンが諦めて立ち去ろうとすると、女の子がついて来た。
「……そうか、来るのか」
女の子が生きていたことは幸いである。だが、女の子はこれから先、どう生きていけるというのだろうか。全く最悪である。仕方ないことだが。




