第183話「立場」
邪悪とは、仲間に危害を加えるもののことである。そして、邪悪は排除されなければならない。その為ならば、何でもやる。
感情を抜きにしても、委員長を動かせれば、それが1番効率的だ。
結局、昼にもう1度話し合ったが、何1つ議論は進まなかった。だから、予定通り、強めにお願いすることにした。ただ、問題は部屋の外にいる獣の耳を持つ少女、そしてエイユーである。護衛だ。昨晩の言い争いの件もあってか2人に増えた。護衛というのも完全なる建前ではないだろうが、監視として厄介な存在になっている。
――素人であったのならば、部屋を抜け出すのは不可能であったかもしれない。だが、幸いにしてナナ達はプロであった。
〈ミミナリ〉を行使する。音を生み出す魔術でナナは廊下の奥で大きな音を発生させる。少女もエイユーも意識が音の方に向く。ナナとスーはその隙に部屋を抜け、音とは反対方向に向かう。気配を察知されないように〈シズカ〉を行使した。
「大丈夫でしたか?」
柱の影に隠れて、様子を見ると少女が扉に向かって問いかけていた。
「大丈夫です。何の音ですか?」
〈ミミナリ〉、空気を緻密に振動させて、扉越しの声を再現する。完全再現では無いが、扉越しの自身の声としては他人を騙すには十分の質だろう。ナナの本領発揮である。こうして2人はナナとスーが部屋にいると誤認することになる。
「分かりません。私への嫌がらせかもしれません」
「……そう」
そうこうしている内に、城の警備の者たちが音に反応して集まってきた。ナナは会話を切り上げると、その場を離れた。
ナナ達は、委員長が眠る部屋へと向かう。委員長は、緊急事態に対応出来るように城の一室で休息しているという。なかなかの勤労ぶりである。部屋の前にいた、見張りをナナとスーは協力して拘束すると、部屋の内に入る。ナナはひとまず胸を撫で下ろす。ここまで上手くいって良かった。
見張りを手際よく拘束出来てよかった。無駄なことをせずに済んだ。まあ、説得が上手くいかなかったら無駄なことをしなければならないことになるのだが。今の所は禍根は最小限になるように努力したい。
「こんばんは、委員長」
スーが言った。委員長は巨体を揺らす。声は発することが出来ない。ナナは委員長に手枷、口枷を施していた。
「お願いしたいことがございます。どうか、戦争を止めていただきたいのです」
叡智の結晶が使えればよかった。だが、耳飾りと指輪をどう使えば洗脳出来るのか、或いはそもそも小さ過ぎてそんなことは出来ないのか、その辺りのことが分からないのでどうしようもない。だから、丁寧にお願いするしか無い。委員長が口を動かす。何か、言いたげだった。口枷を外す。
「どういうつもりだ?」
委員長は案外冷静に尋ねる。
「お願いです。どちらかが立ち止まるしかないのです」
スーは答えた。




