第182話「邪悪」
納得が出来ない。皇女の話を聞き終えてまず、そう思った。侵攻を進める理屈が存在するのは分かった。だが、理解はしたくない。思考を押し付けるなんて、愚かしい。そして悍ましい。世の中には善人も悪人もいることだろう。だが、それはどうでもいいことだ。そばに仲間がいれば、それでいいとナナは思う。
「……神聖狼馬帝国は、いい国ですよね」
スーが呟いた。
「侵略を肯定する気はありませんが、余計な対立を無くそうという志は理解出来る気がします」
「そうですか」
「ですが、止まらないでしょう、どちらも。ただいたずらに傷つけ合って、滅びに向かっていくのです。だから、誰かが止めなければいけないのです」
スーは悲しそうに笑う。皇女の話を聞いて気勢が削がれてしまったようだ。
「そうですね」
皇女は長話で疲れたのか、気怠げに返事をする。あるいは感情の発露か。皇女はきっと自分が何かを成し得るとは思っていない。そう言った思いがもしかしたら表情に表れているのかもしれない。
「あなた方ならきっと止められる筈です」
「私は、私はやはり無理だ」
ボクも駄目だとナナは思う。次にどういう方策を用いれば委員長の意を変えられるのか分からない。正攻法は駄目だ。
「とは言え、諦めません」
スーは自身を奮い立たせるように言う。
「薄々勘づいていたことです。話し合いは何度繰り返したって平行線でしょう」
「一体、何を考えていらっしゃるの?」
皇女は先程とは思考を大きく転換させたスーに戸惑っているようだった。
――愚直に話し合いを重ねようとする姿勢も悪くないだろう。だが、ナナとスーは冒険者組合エージェントなのだ。そもそも、真っ直ぐなやり方が通用しない時に対処する役割を負った存在なのである。
「いえ、特に何もありません」
スーは答える。だが、内心ではナナと似たようなことを考えている筈だ。
「少し、考えを纏めようと思います。その為、部屋に戻らせていただきます」
「分かったわ。それから、昼時、委員長が時間をとれないか伺ってみるわ」
「ありがとうございます」
「私はお2人には何かを変える力があると信じているわ」
慰めの言葉だ。
「僕の間違いを教えてくれたんだ。それはとても凄いことだよ」
慰めのつもりだろうか。エイユーがそんなことを口にする。ナナとスーは部屋に戻った。
「ナナ、1つ提案があるの」
「ボクもあるよ」
「聞かせて」
ナナ達は身を寄せ合って小声で話す。
「強めにお願いすればいいのではないかな」
スーはニヤリと笑う。
「賛成」




