第174話「聖なる国と皇女の夢6」
「何が起こったのですか?」
「軍隊が侵攻してきております。察知されずに深奥まで侵攻してくるとは余程腕の良い指揮官がいるようです。更に、不運な事に、先日強襲された神殿への援助の為にこの町の防衛は手薄になっております」
小さい人は相変わらず甲高い声だが、ナナは懸命に聞き取る。確かに急を要する事態である。
「そう」
皇女は特に動揺することも無く返事をした。
「あ、大丈夫よ。お2人を責めるつもりはないわ」
「早くお逃げ下さい。民衆への避難勧告ももう間も無く出されることでしょう」
小さい人はせっつくように言う。
「これは思し召しなのかしら。お2人に付いて行かざるを得ないようね」
屋敷の外に出ると馬車が用意されていた。
「エイユーの能力を使えばいいのではないですか?」
「僕の能力はここより北では安定しないんだ」
何故か、問う暇は無かった。ナナ達は慌ただしく馬車に乗る。
「あなた達もどうか無事でね」
皇女は、小さい人に言った。そうして馬車は出発する。
「さて、私達は本部へ向かうわ。神聖狼馬帝国の本体、政治の中枢とでも言うべき場所ね」
皇女は言った。その後に続く言葉がないか待ったが、特に無かった。馬車には沈黙が訪れる。皇女はぼんやりとしていた。
「あれ、酔ったかな」
スーが言った。ナナも妙な浮遊感があった。
「そうだね。ボクも何だかふわふわした気分だ」
「それは空を飛んでいるからではないでしょうか」
皇女が言う。ナナは慌てて外を見る。ナナ達が今乗る馬車は小部屋のようになっており、外を確認する為には窓を覗く必要があった。
「飛んでる」
ナナは呟く。馬車が飛んでいた。
「ペガサス?」
翼を持たる馬、空を駆ける馬、ペガサス。その存在は、冒険者の間でまことしやかに囁かれる。そして、ナナ達が南都ナーラから大都コーサカまでの往復に用いた馬もペガサスと通常の馬の混合種と言う話だった。あの馬は強く丈夫だった。バンカは愛情を持って馬に接していた。
――思考が逸れた。ナナは考えを戻す。空を飛ぶ馬車、それを牽引するのはペガサスだと思う。
「よく分かったわね。神聖狼馬帝国に以前、献上されたペガサスよ」
「あれ、翼なんて生えていたでしょうか?」
「飛ぶ時に翼を出すのよ。普段は飛べない馬と違いはないわ」
成程、そうして良く想像されるペガサスとなる訳だ。まあ、実際に翼で飛んでいるとは思わないが。羽ばたきで馬車を持ち上げることが出来るとは思わない。そして、安定して飛ぶことも。
決してそのような場合でないことは分かっていた。だが、ナナは楽しいと思うのだった。ペガサスの引く馬車、それに仲間と乗れるなんて、嬉しいこと限り無い。
「ナナ、良かったね」
スーが笑った。ナナも笑う。目的地に到着するまで、しばし旅を楽しもう。




