第171話「聖なる国と皇女の夢3」
「――とは言え、簡単に帰ることは出来無いわ。海峡の向こうは最早、未開の地と相違ないもの。大量の資源と人員を投入しなければならないでしょう。私には後ろ盾が必要なのです。そして後ろ盾を得る為には実績が」
皇女は語る。
「でも、私にはどうも闘争心というものが欠けているわ。それは自分が良く分かっている。女の私は、男の戦争に加わりたいとは思わない。誰かを傷付けて、望みを叶えようとは思わない。本当、どうしようもないわね」
それは自嘲の溜息だろうか。ナナには判断がつかなかった。それは男を嘲る溜息にも聞こえた。まあ、男だとか女だとか、ナナにとってはどうでもいいことだ。重要なのはやはり、皇女は戦争を望んでいないということだ。単純に平和主義でも無さそうだが。その点を確かめられたのは1歩前進だ。
「さて、お話を聞いて下さり、ありがとうございます。お2人ともどうぞ、お気をつけてお帰りになって」
突然、皇女がとんでもないことを言い出す。
「お待ち下さい。まだ、交渉は始まってすらおりません」
スーが慌てて言う。
「何も出来ることはございません」
「しかし、第二皇女なのでしょう」
「ええ、お飾りの皇女よ」
「飾りというのは目立つから飾りなり得るのです」
「なかなか嫌味を言うのね」
「嫌味ではありません。ただ、出来ることがあると信じております」
「……ご飯でも食べましょうか」
皇女が提案をする。そうすると、突然、部屋の扉が開いた。扉の向こうには誰もいない。皇女は平然としていた。魔術だろうか。
「私について来て下さい」
部屋を移動する。その部屋にはテーブルが並んでいた。食事の為の部屋だろうか。料理が並んでいる。出来立てだ。スープの碗からは湯気が立っていた。魚の切り身は艶があり、新鮮であることが分かる。だが、給仕も料理人も見当たらなかった。
だが、何かがいる。先程、扉を開けたのも何かかもしれない。見えない何か。ナナは注意を払いながらも着席する。皇女も同じように席に着いた。何かこちらを罠に嵌めようとする様子はない。
皇女は指を絡ませ、手を胸の前に持ってくるとその姿勢のまま目を瞑る。
「さあ、召し上がって下さい」
目を開けると皇女は言った。皇女が一口目を口にするのを見届けるとナナ達も食事を始める。美味しかった。少々、塩気が強いのが唯一の難点だろうか。だが、素材が良く、塩気は料理の味を良く引き立てていた。
「おもてなし、ありがとうございました」
スーが礼を述べた。食後、ナナは相変わらず、周囲に気を配り続けている。食べ終わった後の食器はどうなるのだろうか。ナナは影を捉える。小さな影だ。ナナは手を伸ばす。ナナは影と衝突した。影が吹き飛ばされ、壁にぶつかる。ナナは影に近づく。
それは人だった。小さな人。ナナは両手で掴むと持ち上げる。幸い、潰れていない。怪我も無さそうだ。
「何だ、これ?」




