第170話「聖なる国と皇女の夢2」
「成程、利がないわね」
スーの話を一通り聞いて皇女は言った。スーは五都の意向を述べ、和解を提案していた。
「利は無くとも、損失は無くすことが出来る筈です。このままでは互いに資源を浪費し続けるだけです」
「損失、では無く必要な経費と考えられているのでしょう」
「経費では無く、犠牲です」
「しかし、犠牲が出るのはあなた達の所為でしょう」
スーは答えに詰まる。まあ、大分、無茶な提案を持ちかけているのだ。仕方が無い。スー自身も納得をしていない筈だ。五都同盟は何故攻撃的な手段を取るのか。先に手を出して来たのは明白に北である。人工生物を差し向けて来た。それでも、今、同盟が取る手段は正しいのだろうか。
「……帝国とは何ですか?」
「お答えしたでしょう」
「そのような意味でお聞きしたのではありませんでした。帝国とは何の為にあるのですか?」
スーの問いかけは切実さを孕んでいた。
「帝国の目的は一になることでしょう。複数の集まりでは無く、単数の一、その為に帝国はあります。あの町この町では無く、神の名の下に一体になるのです」
「その為に、北は侵略を行なって来たのですか」
「ええ、そうですね」
スーは何かを言おうとして口を閉じた。
「……あなた達と私は案外、似た境遇なのかもしれないわね。全部、私の意見じゃないのよ。ただ、戦争を主導する者達はそう考えるだろうというだけ。ねえ、あなたの本音を教えて」
「私は未熟です。私情を隠したままでいることが出来ないなんて」
確かに、対話の進め方としては無意味に感情的だった。だが、スーを責めることなんて出来ない。スーはただ真摯に平和を望んでいるだけなのだ。
「私の年の功と言わせて欲しいわ」
皇女は、億劫そうに微笑みを浮かべる。
「実の所、私は、全部くだらないと思っているのです」
「奇遇ね。私もそう思っているの」
心が通じ合ったと思った。スーと皇女、考えを同じくしているのならば、協力し合えるかもしれない。だが、皇女は相変わらず、疲れた顔で、何ら感情が伝わってこない。言葉は双方向でも感情は一方通行だ。
「皇女様、あなたの望みは何でしょうか?」
皇女がナナの方を向く。
「何も。ただ安穏と――。違うわね。私はただ、帰りたいの」
「帰りたいって何処へ?」
皇女は暫く沈黙していた。胸中に渦巻く思いを整理しているようだった。
「ここより、北、魔のツァーガル海峡を更に北上する事で辿り着けると言われている土地、ご先祖様がかつて統治していた国よ」




