第169話「聖なる国と皇女の夢1」
エイユーが扉を開ける。部屋の人物と目が合う。
第一印象は老婆であった。だが、よく見れば、そこまで年老いている訳でも無い。多少のほうれい線はあったが、中年と言って差し支えない年齢だろう。だが、酷く疲れた顔をしていた。それが年齢を誤認させた要因だと思われる。
「お帰りなさい」
「ごめんなさい。僕は任務に失敗しました」
エイユーは挨拶を返さずに謝罪の言葉を述べる。
「……それは残念ねえ」
エイユーは俯く。
「まあ、いいわ。椅子に腰掛けなさい。そちらのお2人もお構いもせずにごめんなさい。どうぞ椅子にお掛け下さい」
ナナとスーは促されるままに椅子に座る。
「さて、お2人はどちらからお出でなさったの?」
「南都ナーラから交渉に参りました」
スーが答える。
「交渉、交渉ねえ。何の交渉?」
「その前にあなたが何者なのかお聞かせ下さい」
「私はただのおばちゃんよ」
「……彼を大都コーサカに派遣したのはあなたですか?」
「それは、私ね」
「もう一度、あなたが何者なのか伺ってもよろしいでしょうか?」
自称ただのおばちゃんは溜息をつく。深く疲労を吐き出すような溜息だ。
「私は、神聖狼馬帝国の第二皇女よ。この肩書きには何の意味も無いけれども」
「……狼馬帝国」
ナナは呟く。
「帝国とは何ですか?」
スーが尋ねる。
「複数の都を統括する仕組みよ。仕組みの要となる皇帝、その第二子が私です。まあ、名ばかりの肩書きよ。平和的に大都を傘下に置ければ、多少は待遇も改善されたのかもしれないけれど、失敗だったようね。もう、本当に駄目な子」
皇女はエイユーを見る。
「狼馬帝国が存在し続けていたのならば、南にも情報が伝わっていてもいいと思うのですが」
ナナが尋ねる。いくら北と南が断絶しているとは言え、南都ナーラは北の領域と距離は近いのだ。多少は情報が漏れ出てきてもおかしくないだろう。
「言ったでしょう、名ばかりなのよ、帝国なんて。そして、皇帝の血統もね。町の住人も自分達が神聖狼馬帝国なんて、たいそうな名前の国に住んでいるなんて思っていないでしょう」
皇女はまた溜息をついた。
「とは言え、名前というのは重要ね。皇帝の血統は各都の統治者にとって権力を示す要素となるわ」
皇女はスーとナナを見る。
「――それで、南都ナーラのお2人は何の交渉に来たのかしら」
「和平交渉に来ました」
スーが答える。
「無理ね。私にはそんな交渉をする資格は無い」
「あなた自身はそうかもしれません。しかし、あなたの肩書きには力があるのでしょう」
「はっきり言うわね。まあ、いいわ。話を聞かせて」
皇女は気だるげに言った。




