第167話「神殿の巫女」
「……」
精神を張り詰める。段々と恍惚としたした気分になってくる。その極限に神は降りてきて、そして通り過ぎて行くのだ。
神、愛の絶対者。その存在は私達に安心感を与えてくれる。私達は正義の直中にいる。尽き果てぬ寵愛を受けている。信じぬ者は救われぬ。だから、出来るだけ多くの人に教えを広めなければいけない。
「……あっ」
「……んっ」
痺れるような情感が私にもたらされる。神は稲妻のように私を通り過ぎていった。私は法悦を体感する。ああ、神はおいで下さった。
「巫女様」
お仕えの者が部屋に入って来た。
「どうかしましたか? 顔が赤いですね」
「それは――。いや、そのような話をしている場合ではありません。急いで避難いたします。自分について来て下さい」
最近、あちこちの神殿をはじめとした建物が襲撃される事件が相次いでいる。噂によれば、遠方の愛を知らぬ方々の仕業であるという。
神殿を出ると空気が騒ついているのが分かった。
「件の方々なのでしょうか?」
「分かりません。取り敢えず、避難が先決です」
私は、ただひたすら歩き続けた。ふと熱気を感じて振り返ると煙が立ち昇っていた。神殿は人々の精神的支柱であり、暮らしの拠点であった。そんな神殿が燃えていた。何故、このようなことをするのだろう。悲しい気持ちになる。私達は分かり合えないのだろうか。
「どうか、お救い下さい。私達を、彼の者を」
同じ生き物、愛を結ぶことが出来る人同士が何故、争わなければいけないのだろう。出来ることならば、全ての人が神の下で愛と平和を享受出来る世の中であればいいと思う。
「ここからは、馬車でお逃げ下さい。自分は神殿防衛の為に戻る必要があります」
「待って」
「何でしょうか」
行かないでとは言える訳が無かった。お遣いの方々もいらっしゃらない。神殿を守る為には人手が必要になることだろう。
「……無事に帰ってきてね」
私は泣き出しそうになるのを堪える。涙を見せたら、覚悟を持って戦いに身を投じようとする者の思いを無下にすることになる。
私は馬車に乗り込む。馬車は走り出した。
私は想像する。神殿を襲う彼の者達はどのような存在なのだろうか。彼らはきっと愛を知らないに違いない。それは心に穴が空いているようなものだろう。それはどんなに辛いことだろうか。皆は大丈夫だろうか。彼らは神をよくよく信じる、愛を知る人達だ。だが、これまでも神殿が陥落されているという事実が頭を過る。神はどこにいる? 神は私達を守ってくれるのだろうか。
「……申し訳ございません」
私は神の存在を疑ったことを恥じる。これは試練なのだ。人が乗り越えるべき試練として、神は災難を与えて下さっているのだ。
――私達は神のお側にいる。




