第163話「ねえ、先生」
深い眠りは心の奥底に眠る思い出を掘り起こす。
「どうしたの、その痣!」
ひどい痣だった。青黒く痛々しい。
「大したこと無い。親に殴られただけだ」
「一体、どうして」
「……遊ぶ友達は選べってさ。全く古臭い大人どもめ」
平然と言ってのける姿に心が縮こまるような思いをする。ボクのせいで、仲間が傷ついたのだ。
「ナナは悪くない。僕はこの痣を誇りに思っている。意思を貫き通した証拠だろう」
「流石だな」
「格好いいよ」
他の仲間は褒め称える。
「……ありがとう」
ボクは言った。
「礼なんて言うなよ。当たり前のことをしただけだよ」
「ね、ねえ今日も先生に話を聞きに行こうよ」
ボクが答えられずにいると、1人が提案する。先生とは街から来た大人である。
「お、今日も来たのか。ところで、その痣はどうしたんだ」
先生はこの辺の大人からは嫌われている。だが、きっとボクが知っている中で1番格好いい大人だ。
「親に殴られた」
「そうか、そうか」
先生は、痣をじっと見るとそれから、頭を撫でた。次にボクの頭も撫でてくる。延々と。髪がくしゃくしゃになる。
「……絶対にもっと良い国にしてみせるからな」
「勉強、教えて下さい」
ボクが頭を撫でられているのを尻目に仲間の1人がおずおずと言った。
「分かった。そうだな、物体の落下速度の話でもしようか。綿毛は見たことがあるか? 何で綿毛はああもゆっくり落下するのだと思う?」
「軽いからではないですか」
「そんな、単純でも無さそうだけど」
「そう、実は――」
先生の話は面白い。広い世界のことを教えてくれる。
「では、また話を聞きに来なさい」
先生と別れるとボク達は冒険をする。大人達の視線を無視して駆け回った。
この頃は本当に幸せだった。家に帰るとやはり、冷遇されていたが、少しばかり知恵を身につけたボクに対して、暴力を振るい辛くなっているようだった。碌に日も浴びたことが無かったボクを家の外に追い立てた兄姉には感謝してもしきれない。
そして誰よりも感謝すべきは仲間だろう。彼らに礼なんて述べたら照れ臭がるだろうけれども。それから先生にも感謝だ。先生は多くの大事なことを教えてくれたと思う。
「――悪魔、人でなし、そんな者であろう筈がない。嘘っぱちだよ。何度でも言う」
ボクは今でも、自分が何か、酷い存在であると感じてしまうことがある。そう言われて育って来たから。でも、先生はそれを否定してくれた。
「症状は聞いている」
「症状?」
「そう、症状だ。珍しいが似たようなのは聞いたことがある。悪魔なんて呼ばれる謂れは無いんだ」
「そっか」
「案外、平然としているね」
「うん、ボクには仲間がいるから」




