第162話「エイユー」
「……能力の仕組みを深く追求するのはやめておきましょう。学者ではありませんから。概ね理解できましたし」
スーが言った。
「それよりも大事なことがあります。仲間となるからには、ナナとも仲良くして下さいね」
スーがナナの方を指し示す。ナナは肩を竦める。少年はまるで初めて、ナナを視界に入れたかのような表情を浮かべると、顔を歪ませる。どうやらナナを見ないようにする事で、負の感情を抑え込んでいたようだ。
「悪魔となんて仲良く出来ない」
少年はやはり、ナナに対して忌避感を覚えているようだ。ただ、多少は態度が軟化しているだろうか。殺しにかかってくる様子は無い。
「悪魔は、愛する資格を持たない、愛される資格を持たない」
つまらない戯言だ。愛なんてものがそんなに大事だろうか。ナナは少年の瞳をじっと見る。
「ああ、悪魔の瞳は恐ろしい。飲み込まれてしまいそうだ」
ナナは今度は笑い出しそうになる。吸い込まれそうな瞳だなんて、褒め言葉みたいではないか。ナナ自身は自分の瞳がそんな立派なものだとは思っていなかったけれども。
「仕方がない。今は仲良くしなくてもいいや。だけど、そう悪魔、悪魔と呼んじゃ駄目。私の仲間にはナナっていう立派な名前があるんだから」
「分かった」
少年は渋々と頷く。従順な子犬みたいだ。
「そういえば、あなたの名前は?」
「僕はお遣いだ。英雄だ」
答えになっていない。
「……エイユーって呼ぶね」
「うん」
「すっかり手懐けたな。では、少年、仮名エイユーはスーに預けるとする」
組合長はそう宣言して、エイユーを牢から出した。それから他のお遣いが集まる牢へ向かう。
「僕たちは任務を成し遂げられなかった。そして僕たちは許されていない。だから、償わなければいけないと思うんだ」
エイユーは語り掛ける。その瞬間、憎悪がエイユーに向けられた。ナナに対して先程、エイユーが向けたものと同じような感情だ。まあ、裏切り者だ。当然だろう。エイユーは妥当性を語ったが誰も聞き入れない。今は他のお遣いと協力関係を築くのは難しそうだ。
ナナ達は外に出ると、組合長の部屋に戻った。
「さて、語るべきことは終わった。今日は休息を取るとよい」
組合長は言った。まだまだ語ってもらわなければいけないこともあった筈だが、無駄な遠回りをしたせいで気を逸らされてしまった。もうこれ以上、教えてくれる様子は無い。それに疲労も溜まっていた。
冒険者組合屋根裏の部屋、自室は安心感があった。ナナはその日、久しぶりに深く眠った。




