第157話「叡智の結晶」
サカイ村付近に広がる森林から発見された魔力の結晶は、秘密裏に冒険者組合によって回収された。
そして、その結晶を削り出して作られたのが、新たな情報伝達手段である指輪と耳飾りである。魔力の結晶同士は互いにデータを交換して、ネットワークを構成する。とは言え、これは1つの側面に過ぎない。
森で発見されたそれは叡智の結晶と名付けられた。モモ砂漠地下の方、――あちらは力の結晶と呼ぶべきだろうか、とは全く異なる性質を持つ結晶である。
叡智の結晶は知へとアクセスすることが出来る。人が持つ知識、行動指針となる知恵へと接続し、干渉することが出来るのだ。
サカイ村での一件では、叡智の結晶が村人達の知へとアクセス、それらを統合して、集合知を構築した。その集合知こそがダイシンリン様であり、村人達が集団として望む、一般意志だと思われる。サカイ村では叡智の結晶を主体的に使う者はいなかった。
「……つまり、叡智の結晶を使って、洗脳をしているのですか」
ナナは組合長の言葉を聞いて、一言尋ねた。組合長はいかにして思考を制限しているかを語った。そして叡智の結晶について語った。
「そうだ」
「そうですか」
「……いきものであるネットワーク生物と比べて、叡智の結晶は安定した性能を発揮する。無闇に伝染することも無い。叡智の結晶の使用は民衆の行動を制限することにはならない」
組合長が言い訳をしていた。酷い言い訳である。ナナは悟る。組合長も存外、限界なのである。組合長は組織の長である前に冒険者であった。政治家ではない。謀略に長けている訳ではないのだ。
ただ、愚直にその場その場で、次善策を選び取る、それがもしかしたら組合長の実際なのかもしれなかった。全部推測である。組合長の語り口調は今尚、威圧感がある。
「どの程度、洗脳をしているのですか?」
スーが尋ねる。
「逃走の意志を奪ったのみだ。まだ、ここでやるべきことがあるとそう考えるように知に介入した」
「分かりました。では尋ねましょう」
スーは牢の方に向き直った。
「あなた方は愛を語りますが、その先には何があるのですか?」
「――孤独を理解してくれる仲間と、孤独を埋めてくれる家族が」
少年の琴線に触れたようだ。少年は滔々と語り出す。
「生まれた時から1人だった。そして使命を与えられた。でも1人は寂しかった。正しい仲間を欲した。きっと愛の先に存在すると思った」
少年は寂しそうに笑った。
「けれども、結局1人ぼっち。お遣いの使命も上手くいかなかった」
「……組合長、お遣い達を仲間に引き入れませんか?」
「僕は誰かの仲間になる資格なんてないよ」
「では、誰かの許しがあればいいのですか? 仲間を作っていいと」
「スー、お遣いの信仰は強固な知だ。叡智の結晶を使っても曲げ難い指針となっている」
組合長が言った。
「1つ試みたいことがあります。バチバを呼んで来ます」
組合長の言葉を半ば無視するとスーは言った。
第3話参照




