第156話「空より来たる紛い物」
「正義は屈しない」
「悪には天罰が下るだろう」
「正義は救われる」
矢継ぎ早に声が投げ掛けられる。
「奴らは異常な程に正義を掲げる。無論、誰しも自らの行動には妥当性があると信じているだろうが」
組合長が説明する。
「あなた方は何をしようとしているのでしょうか?」
ナナは尋ねる。
「愛を伝えるのだ」
「愛で世界を1つにするのだ」
愛、やはり理解出来る気がしない。
「北と南では価値観に乖離がある。長らく民間以外での交流が断絶していた弊害だな」
そして民間の交流にしても、それは表面的な文化交流に過ぎない。食、服飾といった目に見える文化は伝播したとしても、目に見えない価値観、信仰は中々、広まるものでは無いだろう。もし、新たに触れる価値観に共鳴する者がいたとしても、それは、それぞれの地域における多数派にはならない。
「組合長、伝えたかったのはこのことなのでしょうか?」
「……人は信仰の為に、どこまで禁忌を犯すことが出来るのだろうか?」
組合長が呟く。ナナは嫌な予感を覚える。組合長が具体的に何を述べようとしているのかは分からない。しかし、自分は既に勘づいていると思った。
「禁忌などではない。神の思し召しだ」
「……人工生物は、全て空から降りて来る。曰く天から遣わされる存在こそが神のお遣いだからだそうだ」
「人工生物とは屈辱的な言い方だ」
組合長は反論の言葉を無視する。
「話が錯綜した。端的に言うのならば、全ての人工生物はお遣いであるということだ。逆も然り。お遣いを名乗る者は全て人工生物だ」
「北は人を作り出したということでしょうか?」
ナナは尋ねる。
「その通りだ」
それ程、驚きは無かった。予感通りだ
「それは、禁忌ですか?」
ユキノコやらエルフやら、その他にも様々な生物、人が何もしなくても新たな生物は生まれてくる。そこに多少手を加えたところで禁忌になるとは思えなかった。それに家畜の交配を誰が悪と断ずるのだろうか。
「……忌避する者は多いだろうな」
「ところで、あのお遣いはどこにいるのですか?」
スーが尋ねる。
「ああ、大都コーサカから回収した奴か。会ってみるか?」
ナナとスーは場所を移動する。
「お久しぶりです」
隔離された牢に1人でその少年はいた。そして平然と挨拶をしてくる。
「魔術は解除出来たようですね」
「ああ、時間停止は困難でもその逆は比較的容易だ。ものを冷やすのは大変でも温めるのは比較的容易である」
よく分からない理屈である。だが、事実魔術は解除されているのだから深く詮索してもしょうがない。
「しかし、魔術を解除してしまって何故逃げられていないのでしょう?」
スーが言った。確かにその通りである。少年には壁なんて意味をなさない筈だった。
「思考に制限をかけている」
組合長が答えた。




