第145話「人間」
人間とは何か。これは非常に難しい問題である。人間という生物をどう定義するのか、どこに線引きをするのか。人間を人間たらしめるものは何か。ナナは考える。
仮に平均的な人間を想定したとする。漂白体質を持つスーは平均から大分、逸脱していると思う。バンカも個人という枠組みを逸脱していると思える程、強大な力を有している。
だが、平均から逸脱している者を人間では無いと言えるだろうか。
そもそも人間に定義が必要なのだろうか。仲間と他者、ナナにとって重要なのはその区別だけである。人間であってもそうでなくても仲間は大切にするし、仲間を害する他者はどんな生物が相手だろうが排除することだろう。
村人たちの考えは案外、ボクと似ているのかもしれないとナナは思った。自分達をエルフと名乗ることで仲間と他者の線引きを明確にする。他者の性質に関係無くいきなり排除しようとして来るのは極端ではあるが。
とは言え、何かこの行動には理由がある筈だ。前回もお遣いの少年の仕業だと思われる事件のせいで大分、殺気立っていた。
もしかして前回の事件がまだ尾を引いているんだろうか。けれどもあの時ナナたちを助けてくれた村人は状況を好ましく思っていなかった。ああいった村人がいたのに、未だ何にも解決していないどころか、寧ろ悪化しているようにも思える状態になっていることがあるだろうか。
「――どうして、それ程までに憎しみを抱いていらっしゃるのでしょう。私たちに非があるのならば謝罪致しましょう」
副議長が言った。
「……お前たちは、町の周囲の草木に火を放ったことがあっただろう。お前たちの本質はそれなんだ。冒険者を見てもよく分かる。森に侵入しては無闇に獣を殺す。採取と称して自然を荒らす」
ナナは村人の表情を見る。真剣そのものだ。だが、その発言は今更感が強い。今、改めて人間を憎む理由として挙げたにしては拍子抜けだ。
「草木を焼き払ったのは緩衝地帯を設ける為です。南都ナーラの安全の為には必要なことでした。それに森は誰が所有するものでもありませんでしょう。殺しすぎ、採りすぎと言えない限り、森を脅かす行為では無いと思っています。そして当然、南都の民であるならば冒険者たちはこの点を弁えていることでしょう」
村人の返事に対して副議長は雄弁に語る。
「ふん、自然を切り離して生きる人間が森を守るという規範意識を持ち合わせているとは思えない。そして我々には次の世代の為に豊かで深い森を守っていく義務がある」
「次の世代?」
副議長は妙な点に食いつく。それとも聞くべくだという直感でも得たのだろうか。副議長の未来予知の能力。
「……赤子たちだ。赤子たちは我々よりも更に森を愛して、森に愛される存在として育っていくことだろう。そしてやがてエルフの命運を背負っていくことになるだろう。だから我々は使命を果たす」
村人は思いの外、流暢に語った。赤子、子宝。それが行動の原因とするのならば、行動も過激になるかもしれない。そして厄介だ。
実際の所、具体的に何か、外部から害を受けた訳では無いのだろう。ただ内部に存在する赤子という存在が村人がナナたちを捕らえた理由なのだ。だからこそ、対話で状況の打開を狙うことも難しい。
「赤子ですか。随分、可愛らしいのでしょうね」
副議長は呟いた。
第32話参照




