第141話「不動」
「――組合長」
ナナは指輪に向かって呼びかける。夜、ナナとスーはいつも通り2人1組で部屋を与えられていた。ただ問題は部屋の出入り口に扉が無いことだ。布を吊るして部屋と廊下を区切っている。その為、スーは部屋の出入り口の側に立ち、見張りをしていた。
「ナナか、久しぶりだな。では、報告を頼む」
「分かりました」
ナナは経緯を手短に伝える。
「そうか、ご苦労だったな」
組合長は労いの言葉を述べる。ナナはしばらく待ったが、それ以上の言葉は無かった。一切の隠し立て無く喋ったがナナたちのとった行動を咎めるような様子も見せない。
「……何か、指示などは無いのでしょうか?」
「何も無い。これまで通りに任務に従事するのだ」
「かしこまりました」
ナナは何か釈然としないものを感じながらもそう返事をする。ドゥーが大都まで赴いたのだ。何も無い訳がない。だがその何かにナナたちを関わらせないようにしているのだろうか。
「ナナ、不信感を覚えているな」
組合長が、言った。まるでナナの表情が見えているが如き発言である。ナナは目の前に組合長が立っているような錯覚を覚えた。
「そんなことありません」
ナナは答える。
「そうか、まあいい。兎に角、今何も話せないのは都議会と冒険者組合の関係性故だ。副議長に何か勘付かれては困る」
「そうですか」
ナナは連絡を終えると、スーの側に近づく。
「あー、久しぶりだと緊張が大きいね。何だか目の前に組合長がいる気がした」
「分かるよ。私も経験ある。冒険者組合エージェントは皆、そう思っているんじゃないかな」
ナナとスーは囁き声で会話をする。
「組合長は何か言っていた?」
「何も」
「そっか。じゃあ寝ようか」
ナナたちはベッドで横になった。
「ねえ、ナナ、これから世界はどうなっていくんだろうね」
横になったままスーが言う。
「ボクには分からないよ」
「当然。私にだって分からないよ。でもね、諍いで多くのものが失われるのだと思うと悲しい。人も町も」
「……ボクは仲間がいればそれでいいよ。酷いかな?」
「仲間を大事にしている証拠だと思う。でも私は仲間だけじゃなくてなるべく多くの人たちが生き残って欲しいの」
「スーは優しいね」
「ただの我儘だよ。私1人が頑張ったところでどうにもならないことが多いし」
「ボクもいるよ」
「ありがとう、ナナ」
ポツリポツリと語り合いながらナナたちはやがて眠りに落ちた。
多くの物事はナナたちとは関係無いところで進んで行く。冒険者組合エージェントという仕事は何か世界の行く末に大きく関わっているようなそんな気がしてしまうが、それでも大半はナナたちが関与できないところで変化していく。だから今出来ることを全力でやるしか無いのだ。ナナはそう思った。




