第139話「酒盛り」
「さて、酒でも飲むか」
屋内に案内されたナナたちに、ハッサクは開口一番にそんなことを言った。ナナたちは促されるままに色鮮やかな縞模様の絨毯に腰掛ける。ハッサクもどかっと座った。他にも山都の者が思い思いに座っている。
何の説明も無くいきなり酒を飲み始めようとするなんて無茶苦茶だ。だが、ハッサクも他の皆も、笑顔で害意が無いのは分かる。これが山都のやり方なのだろう。副議長も苦言を呈する事なく、状況を受け入れている。ならば、護衛が口を出すことは無い。
間も無く大きな甕が運ばれて来た。甘く爽やかな香りが漂う。
「名産の柑橘酒だ」
ハッサクが言った。そしてハッサクは各々に杯を配り、手ずから酒を注いでいった。酒盛りが始まる。
ナナはしばらく杯を眺めていたが意を決して口元に杯を運ぶ。酒の香りが鼻腔を満たした。ナナはそこで手が止まる。
チラリと周囲を見る。ハッサクと副議長は歓談をしているようだった。ダンとアラカもそこそこに楽しんでいるようだった。バンカは他者を寄せ付けること無く独りでゆっくりと酒を味わっている。バチバは町の者に絡みに行っていた。早速打ち解けているようだった。
注目すべきはスーである。スーは次々と酒を飲んでいた。そして町の者でも特に若い部類がスーと競うように酒を飲んでいく。スーは漂白体質だ。酒の毒程度、あっという間に漂白されるだろう。だが、周囲の者たちは大変だ。
ナナは杯に視線を戻す。ナナは酒に口をつけた。甘酸っぱい豊かな柑橘の風味が口に中に広がった。それから身体が温まっていくのを感じる。
「……美味しい」
ナナは空になった杯から目線を外すとバンカと目があった。ナナはバンカの方に擦り寄る。
「どうかしましたか?」
「独りでしたので」
「そうですか」
バンカは副議長の様子を眺めている。
「少しお話ししませんか?」
「分かりました」
「ずっと聞きたかったことがあるんです。バンカ、南都最強の魔術師バンカが何故、都議会に加担するのですか?」
「私が組みするのは都議会ではありません。副議長様個人にです。恩義がございますから」
酒で酔ったいるのだろう。普段ならしない質問に普段なら答えないであろう答えであった。
「恩義、ですか」
「ええ、埋もれて朽ち果てようとしていた私を救って下さったのです。ですから私は今、存在している」
バンカ程の力を持つ者が命の危機に瀕していたのか。それはどのような危機であったのだろう。少し恐ろしくなる。そして副議長はどうやってバンカを救ったのだろう。
「――何と仰いましたか?」
よく通る声が部屋に響いた。副議長の声だ。バンカはとろんとした目から一気に覚醒した。まあ、目線自体はずっと副議長から外していなかったようだけれど。
「うむ、儂らは戦争をするつもりだと言った」
ハッサクは答えた。




