第138話「山都」
「おはよう、ナナ」
「まさか、本当に寝るとはな」
「走っている馬車で器用なことだな」
ナナは、手足を軽く動かす。少し強張っていた。ただ頭はすっきりしたと思う。
「ナナ、もう着くみたいだよ」
スーが言った。目的地、山都イヨは既に見えていた。
山間から麓にかけて丁寧に積まれた石の壁が伸びている。美しかった。緻密な計算のもとに設計されたことが窺える。
「外部からの攻撃には弱そうだ」
ダンが呟いた。確かに壁が築かれているものの、山頂から攻め込まれたらひとたまりも無さそうだ。山を越えて攻めるのはなかなか苦労しそうだが、不可能でも無いだろう。
「……何か、駆け登って来ていないか?」
ダンの言う通り、1匹のユキノコが駆け登って来ていた。そして段々と近づいてくる。
「出迎えに来たぞ。また会えたな。俺だ。スダチだ」
ユキノコには1人の少女が乗っていた。
「ついて来い。じいちゃんの所まで案内してやる」
「じいちゃん?」
「ハッサクじいちゃんだ」
ナナは意外な関係性に少し驚く。しかし、言われてみればハッサクとスダチはどこか似ているところがあるかもしれない。例えば、名前のセンスとか。
確かスダチのユキノコがユッキーで、ハッサクのユキノコがユキタだ。やっぱり似ている。山都イヨの人々のセンスが皆、そうであるという可能性も捨てきれないが、家族だからこその類似だろうとナナは思った。
馬車は、スダチの後をついて行く。門をくぐり、町に入ると、そこには石造りの建物が整然と並んでいた。綺麗な町並みだ。地形との親和性を考えて町が構築されているのだと思う。
平地に築かれ、その上、周囲の森も焼き払ってしまった南都とは大違いだ。勿論、そうしなければならなかった事情はあるのだが、山都の町のあり方には魅力があった。
遠くから、地鳴りが聞こえてきた。
「多分、野生のユキノコだな」
スダチは平然としている。野生のユキノコ、それは脅威だ。バンカが側にいると脅威であると言うことを実感し辛くなってしまうが、そうでなければ簡単に対処出来るものでは無いと思う。
「どうするんだ?」
ダンが尋ねた。
「簡単だ。先導して進行方向を操る」
逞しい。人もまた環境に適合しているのだ。だからこそ町が成り立っているのだろう。
南都を下げようとしているのでは無い。南都もまた、あの環境に適合した町である筈だ。人々は懸命に生きていることをナナは知っている。
馬車はある建物の前で停まった。特に変わり映えのしない建物だ。ただ、屋根に真紅の旗が立てられている。
「久しぶり、でもないの。思ったより早かったな」
ハッサクが建物から出てきた。




