第134話「王」
「……世界は混沌へと向かっているんだ」
「左様でございますか」
「発展、多様化或いは衰退、破滅。まあ、難しいことを論じたい訳では無いよ。ただ、責務を果たさなくてはと思ってね」
「日々の為に、でございますよね」
「うん、その通り。どのような未来が待っているにしろ人々の生きる今を守ること、それが大事だ。宰相、頼んだぞ」
「ええ、尽力致します」
「工房の様子はどうだ?」
「ご指示通り新たな技術開発に成功致しました。従来の放るだけの火薬武器とは一線を画します。その上、農刀の技術も組み込まれている、これは革命と呼んで差し支えないでしょう」
「それは良かった。では各都からの返事は?」
「説得の甲斐ありまして、ようやく応じていただけました」
「それでは五都同盟が結べるね」
「大都コーサカを除く五都市での同盟、どうなることかと思いましたが、無事に締結出来そうです何よりでございます」
「だが問題は山積みだ。引き続き励んでくれ」
「かしこまりました。陛下、それでは失礼致します」
漠都トトッリの宰相はその場を後にした。
宰相は思う。世の中の変化はやむを得ない。それでも変わりゆく中で人々が変わらない日常を享受出来るように努力することこそが大切だと。そして、それが王の理想でもある。
幼き王ははるか先の未来を見ながら、今を守る為に懸命に努力している。そんな王を支えることが自身の使命だと宰相は考えていた。そうして結局、軍師と同じような手段を取らざるを得なくなるのはやるせ無いが、それが日々を守ることになるのならば選択肢は他に無いだろう。
北に隷属した先に、これまでと同じ日々が待っていることは決して無い。それが王が見た未来だ。だから戦うしか無い。勝率は零である。ただし、王がいなければ。王がいれば、私たちのもつ潜在的可能性は最大限に引き出されることだろう。そして、単なる足し算以上の力を手にすることが出来る。
きっと勝つことが出来る筈だ。恐ろしく思うこともあった。勝てなければ破滅である。それでも宰相は王を信じていた。
――王は未来視の能力を有している。発散していくありとあらゆる未来の可能性を認識することが出来る。何となくこうした方がいいなどと感じるようなチャチなものではない。
王は正真正銘、未来を視認することが出来るのだ。それは幼い身でありながら既に数多の拡散していく未来を経験しているとも言える。そのせいで王は大変、達観してしまわれた。初めは哀れに思った。しかし、やがて純粋に王を慕うようになった。王の理念に共感した。
「日々の為に」
宰相は呟く。ただ邁進するしかない。
第55話参照




