第130話「追放5」
遠い昔、人類は楽園を追放されたという。そうして人の世と神の世は分たれた。追放をもって人は神と決別をしたのだ。それでも尚、人は神に縋った。そして神の名の下に、法と秩序を作り上げ、正義を掲げた。掲げた正義を人は神の意志と信じて、生きた。
今は昔のことである。怠惰、姦淫、強欲、一体誰が諌めるというのだろうか。一体誰が正すというのだろうか。この世には神はいない。……いない筈だ。
――お遣い、そう言えばあの少年は北のお遣いとは名乗っていなかった。北から来たとは言っていたかもしれない。少年もまた神のお遣いだったのだろうか。
ナナは唇を噛み締めた。実に巫山戯ている。神がこの世にいるのならば、ナナは悪魔、神の天敵だ。
「神のお遣いとはどう言うことでしょうか?」
司書官が尋ねる。
「神の意志を伝える存在でございます。神の無窮の愛を伝える使命が我々にはございます」
「愛、ですか」
「友人、家族、恋人、全ての側にいる人を愛するように神は尽きることの無い愛を注いでくれるのです。偽りの無い真実の愛を」
司書官は継ぐべき言葉が見つからないようだ。人は誰もが信条を持っている。そして誰もが、信条をそれなりに曲げながら生きている。
だが、お遣いは違う。神の名の下に、信条を押しつけてきている。脳裏に思い浮かぶのはこれまでの、お遣いの少年の所業だった。少年は自身の正しさを頑なに信じていた。その背景には神が存在していたのだ。
今、目の前にいるお遣いも、語りは温和ながらもどこか押し付けがましさがあった。それに神のお遣いを自称するなど、狂信以外の何ものでも無いだろう。
「……神は私たちが共同することについて何とおっしゃっているのですか?」
「ご安心下さい、神の名の下に平和は訪れます」
「神の名の下の平和やない。ハシバの名の下の泰平や」
ハシバが唐突に姿を現した。魔術陣は町全体の移動だけでなく、町中を個人が転移することも可能なのだろう。
「不遜ですよ」
「そんなことない」
ハシバは再び、リモコンを使用したようだ。お遣い4人の時間が停止する。
だが、動き出した。
「……ちょっと予想外やなあ」
「私たちは『天使』を冠する神のお遣いです。神の意志を実現するまで止まるわけにはいかないのです」
「何や、神の意志って?」
「……平和の為にあなた方を排除致します」
結局の所、概ねの予想通り、話し合いは初めから意味を為していなかったようだ。神の意志の下、こちらを排除しようとしていたのならば、和解は不可能なことであった。
「構わへん。せやけど、そちらにも相応の傷を被ってもらわへんと不公平やな」
ハシバの発言も意味不明である。絶体絶命、そう言った状況にナナたちはあった。




