第13話「ネットワーク」
「あなたが生きていたとは予想外でした」
マントは言った。
「スーを返せ」
ナナはマントに詰め寄るがいつの間にか再び背後を取られている。
「彼女は美しいですよね。白く、汚れのない――」
「スーに何をした?」
ナナは深呼吸をすると尋ねる。
「彼女は苗床です」
詳しい意味は理解できなかった。しかし、ナナはそれが悍ましい言葉であることは感じられた。絶望、ナナは仲間に関わる悲劇に対して絶望する。仲間になれると思った者の裏切り、仲間の命の危機、ナナはそう言ったものを何よりも恐れる。
「あなたが媚薬をこの町に流通させた黒幕ですね?」
「その通り」
「では、あなたを処分しなくてはなりません」
スーが今、何処にいるのかは分からない。しかし、目の前の敵は排除しなくてはならない。
「ちょっと待ってくれよ」
傍観していた料理人が言った。
「何でしょうか?」
マントが反応する。
「今日もキノコを持ってきてくれたのだろう?」
「ああ、そうですね」
マントの内側から、その足元に沢山のキノコが転がり落ちてくる。
「へへ、綺麗だな。あんたの持ってくるものは他とは光具合も味も違うんだよな」
大量のキノコ、それをマントの内側にしまっていたのだというのだろうか。ナナはふと1つの仮定を思いつく。ナナは側に油の容器を見つけるとそれをマントに振りかける。そして、そのままマントに魔術を放った。マントは一切の反応を示さない。
〈ヒダネ〉、局所的に熱を上昇させ発火させる魔術。本来は攻撃にはあまり向かない魔術である。ちょっと焚き火を起こす時などに使う、基礎的な魔術だ。マントは火に包まれ、そして、消滅した。身体を覆っていたその布切れだけが地面にハラリと落ちる。
「すごいな、魔術か?」
……媚薬キノコは熱に弱い。ナナは考えていた。マントは媚薬キノコそのものなのではないか。微細な菌、その1つ1つが結び付いてできたネットワーク生物、それが媚薬キノコであり、黒幕であるのではないか。
確か過去にもそういう事例があった筈だ。ネットワーク生物、冒険者組合エージェントは過去にそう呼ばれた生物の駆除に当たっている。今回の事件の輪郭が徐々に見え始めている。ナナはそう感じていた。
「驚きました。まさか、いきなりこんな凶行に及ぶとは。あなた随分と速く動けるんですね。些か動きは単調でしたが」
床に落ちていたマントが盛り上がって声が発せられる。
「……料理人さん、この場所燃やしていいですか?」
「何をとち狂ったことを言っているんだよ」
「――そうですね。すみません」
「あなたへの対処は骨を折ることになりそうです。今はお暇させていただきましょう」
マントは律儀に挨拶をすると再び消滅した。
「ナナ、聞こえるか?」
ナナは耳飾りから声がしていたことに気づく。組合長だ。
「はい、聞こえています」
ナナは料理人のそばを離れると囁く。
「過去の事例と比較して、今回の件はネットワーク生物の仕業だと推定した」
「ボクもそう思います」
「そうか。今回は前回よりも潜伏が巧みで気づくのが遅れてしまった。すまない。今後、対ネットワーク生物への対処に切り替えていく」
「了解しました」




