第129話「天使」
天井に空いた穴からバンカが飛び降りてきた。特に怪我も見られないが青褪めた顔をしている。
「副議長様、ご無事でしたか」
バンカは副議長に駆け寄った。
「ええ」
副議長は上空から目を逸らすことなく答える。バンカもそれに倣い、空を見上げる。
「私がお守りいたします。――皆さんも側に」
光る何かはゆっくりと降りて来た。それは人の姿をしていた。背中には翼が生えている。光は頭上に浮かぶ輪から発せられているようだった。人工生物だろうか。しかし、造られたというような歪さは無かった。均整がとれている。
先程までひっきりなしに襲って来ていた人工生物は停止していた。それは、この光り輝く人間の威容に恐れをなしているように見える。
「お話し出来ますでしょうか?」
降り立った者、計4人いる、に対して司書官が話を切り出した。
「慈悲を持って許可致しましょう」
1人が口を開いた。優しい声だ。強者の気配といったものは感じない。だがこの状況においては逆説的にそれが強者の証拠となるのかもしれない。緊張感が漂う中で全く気負っていない。それは恐ろしいことであった。
「まず北の領域を侵害したことを深くお詫び申し上げます。その上で申し上げますと我々も被害者であるということです。現在の状況は偏に大都の議長の計略が原因でございます」
司書官は凛とした態度でそう言った。正直、司書官の方が分が悪いだろうが、毅然と述べる姿には、力強さがあった。
「議長は、大都の発達した技術を悪用して、町をこの場所に転移させたようでございます。予期せぬ事態ではございます。しかし、我々五都市、即ち、古都ラクヨウ、山都イヨ、漠都トトッリ、南都ナーラ、新都カバネクラは団結して事態を乗り越えて行く所存でございます」
団結という言葉を司書官は強調した。五都市の団結というのは今までなし得なかったことだ。都市は基本的に1つで政治基盤として完結している。そして壁の外は危険である。よって今まで積極的に協調を図ろうとはして来なかった。ただ、近い都市同士が緩やかに繋がるのみだ。
大都が巨大な城壁を築いていたことさえ南都には情報として伝わっていなかった。
だが今回、同盟が提案されたことで、六都市が集結した。これは実に大きな一歩だったのである。
「そして我々と北も1つの脅威の前には団結出来るのでは無いでしょうか? 現在の関係性は決して良いものとは言えませんが私は和解を成すことも可能だと信じております」
司書官は言葉を締め括った。4人は微笑みを浮かべていた。先程の言葉を信じるのならば慈悲の微笑みといったところだろうか。
「それは私たちが判断することではございません」
1人が口を開いた。
「ええ、この場で話がまとまるとは思っておりません。ですから、北の領域を治める方との対話の場を設けていただきたいのです」
「ふふ、そうではありません。全ては神の意志のままに。私たちはお遣い、神が遣わされた天使なのですから」




