第119話「七つの子」
――夢を見ていた。これは過去の記憶である。普段はあまり思い出すことは無い。でも睡眠中に表層に出てきてしまうことがある。
ナナにとって母とは自身を罵ってくる者だった。父とは自身を無視する者だった。兄とは暴力を振るう存在であり、姉とは自身を弄ぶ存在だった。
そしてそれらがナナの住む世界に生きる住人の全てだった。家の外に出してもらったことは無い。
日に2度、朝と晩に食事が与えられる。服も定期的に洗ってもらえる。何かきつい仕事をさせられる訳でもなかった。
だが、ナナはどうして自分が生きているのか分からなかった。何の為に生きているのか分からなかった。しかし、だからといってどうすればいいのかも分からなかった。
自死という概念を当時のナナは知らなかった。それが幸いだった。とは言え、どこにも安息の無い世界においてナナは段々と暗闇へと心が沈み込んでいくのを感じていた。それは死にたい程、辛いことであったと思う。
「最近、全然喚かなくなってつまらないな」
「ホント、何やらせても淡々としているのよね」
ナナは耐え忍ぶことを覚えた。どこか遠いところで時間は過ぎていく。そして年齢も重ねて行く。
「ナナ、今年も生きていたのね」
母が言った。
「殺しはしない。だけど待っている。あなたが死ぬのを。あなたは人を愛する資格を与えられずに生まれてきたのよ。さっさと死ぬべきだと思うの」
母は心労で狂っていたのでは無いかと思う。ナナはそれを見て、自身の境遇にお構いなく、母を哀れに思うこもあった。
父は最も恐ろしかった。父以外は何かしらを自身に与えてくれる。それが例え、悪感情であってもだ。だが、父は一切、ナナの存在を認めなかった。ナナに害意ですら与えない。父の瞳にはナナは写っていないのだ。
だが、ナナと名付けたのは父らしい。7番目でナナ、単なる記号でしかないのかもしれないが、それはナナの拠り所だった。
不思議と自身の名前は好きだった。――ボクが生まれたのが6番目だったらロクと名付けられたのだろうか。それはしっくりとこない。だから、ナナという名前は運命に基づいて決定された名前だ。そう思うと悪い気はしない。
「そうだ、家の外に出してみない?」
誰かが提案した。姉の1人が出した提案だった筈だ。家の外に出ないボクの皮膚は日光に弱かった。
「太陽の光を浴びれないとか化け物だな」
誰かが嘲笑った。日焼けして、肌が荒れて、また誰かが嘲笑った。
ナナは呻く。全く、とんだ悪夢だ。




