第118話「二律背反」
誰も口を開かなかった。牢屋に閉じ込められたナナたちはそれぞれ、床に座り込んだり、壁にもたれかかったり、うろうろ歩いたりしている。
ナナは立ったまま、檻の向こう側を注視する。向こうにいる人々もこちらを注視している。事態は混迷を極め、膠着状態にあった。それは単純に、牢屋の内と外という対立では無い。牢屋の内と外、どちらの陣営も一枚岩では無いのだ。
状況を整理しよう。まず何故、捕まっているのか。これはヨドゥヤの謀略のせいだ。事実だけを見れば、それだけである。次に、何故捕まったままなのか。これは大都の一般人に手を出すのは不味いと判断した為だ。都民に手を出して、都間の情勢に影響を与えてしまう訳にはいかない。
寧ろ、先程までは積極的に情勢に介入しようとしていたが、ヨドゥヤが態度を変えたことで、とるべき行動は反転した。ここまでが、南都陣営としてのナナたちの立場である。また、山都のハッサクも大体、同じような立場であることだろう。
ただ、冒険者組合エージェントとしてナナ、そしてスーは、やや異なった立場に立つことになる。詳しい事情は後で確認しなければならないが、ドゥーはお遣いの少年を冒険者組合の手中に置きたいようだ。
――同じくお遣いを確保することを望む副議長たち南都ナーラの都議会陣営とはもはや相容れない。
そして、大都、と言うよりヨドゥヤ陣営とも対立することになる。金で平和を買う、そんな方針のヨドゥヤには個人的に反発心を覚えたが、冒険者組合の方針ともどうやら相容れなさそうだ。寧ろ、冒険者組合エージェントとしてはハシバ陣営と協力を図っていくべくだったのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。ナナにとって重要なのは側にいる仲間だ。ナナは隣りに立つスーを見る。スーは少し落ち込んでいた。スーは元々、ヨドゥヤの考えに共感を示していたのだ。結果、捕らえられることになってしまって辛い気持ちもあるだろう。
「スー……」
話しかけようとすると、ユキタが前を横切った。先程からユキノコのユキタはそれ程広くない牢屋を歩き回っている。2、3歩進んでは壁にぶつかって方向転換。
「ふふ」
スーが笑みを溢した。
「スー、ボクがいる」
ナナはスーの掌を両手で包み込んだ。
「うん、元気出た。町の平和が守れるのならばって思って動いたんだけれど、中々上手くいかないね。まあ、仕方が無いね」
私情と仕事としての立場が乖離してしまったとしても冒険者組合エージェントは仕事の理念を信じて、任務を遂行しなければならないのだ。ナナはそれ以上言葉を紡ぐことは出来ない。ナナは仕事を盾に私情を突き通してしまった。漠都トトッリでの少女の救出。そんなナナは語るべき言葉を見つけることが出来なかった。
「……ナナ、気にしないで。私はお姉さんなんだから」
スーは言った。そんな様子を見て、空気を読んでか読まずか、床に座り込んでいたハッサクが言った。
「ふむ、眠いのう。だが、老体には冷たい床はきつい。毛布をくれんかの。あ、皆の分も頼む」
檻の向こう側から毛布が人数分投げ入れられる。ユキタの分もあった。
「……寝ましょうか」
バンカはもたれ掛かっていた壁から離れると毛布を拾い上げる。ナナたちは毛布に包まると眠りについた。




