第114話「乱れる」
部屋の中央のベッドには少年の身体が寝かせられている。ユキノコが無事、ここまで運んで来てくれた。ユキノコは聴覚に優れ、遠くからの呼びかけにも応じることが出来る。
「ではリモコンをお渡しする前に1つ交渉をいたしましょう」
スーが言った。
「何や、報酬に不満でもあるんか?」
「いえ、寧ろ報酬は無しでも構いません」
「そう言う訳にはいかんな。タダより恐ろしいもんはない」
ヨドゥヤは戯けた表情で言ったが目は笑っていなかった。至って真剣な発言である。
「では、報酬は今後の同盟の活動資金に充てて下さい。六都同盟を反故にするつもりは無いのですよね?」
「勿論や。そこをひっくり返すつもりはあらへん。ちょいと方向性が変わるだけや。あんたの提案受け入れるわ。それで何を交渉したいんや?」
「少年、お遣いの身柄をこちらに預けて下さいませんか?」
スーが切り出す。
「どういうことや?」
「……北と対立しない為の方策でしょうか。お遣いを保護しているという体裁があれば、対立を回避出来るかもしれないとこちらは考えております」
横から、バンカが言う。実際には副議長の予言に従っているので、これはバンカの私的な意見だろう。ある程度は理に適っているかもしれないが。
「それにハシバ様を筆頭とする派閥はお遣いを排除しようと動いてくるかもしれません。そうした動きを牽制するためにも、少年は南都の保護下におくべきではないでしょうか」
副議長が今後、大都を牽引していくことになるだろう。しかし、それまでの政治基盤は残り続ける。全てを再構築することは難しい。
ネットワーク生物の問題も残っている。切り札、リモコンを手にしたからには何とかなりそうな気もするが、ネットワーク生物は本来、恐るべき危険生物なのである。一筋縄ではいかないだろう。
「成程、納得のいく説明やご質問。分かった、お遣いはあんたらに預けるわ」
「では、リモコンをお渡ししましょうか」
バンカがそう言ってリモコンをヨドゥヤに渡すように促すとハッサクがそれを遮った。
「待った。1つ、解決しないといけないことがある。漠都の軍師が襲われた事件だ」
「今、考えてもしようのないことではありませんか? 心当たりが無いとおっしゃっていたでしょう。今、改めて考えても新しい事実が判明するとは思えません」
バンカが尋ねる。バンカの言い分も理解出来た。ここで新しい何かが明らかになるとしたら、すなわちヨドゥヤが何か知っているということだ。軍師暴行にヨドゥヤ、ひいては大都の都政府が関わっているとは考えたくない。リモコンを見つけることに熱くなっていたバンカなら尚更だろう。
ヨドゥヤの為に、行動していたのにヨドゥヤがまだ何か企んでいるとは考えたく無いに違いない。
「儂はそうは思わない。勘だがの」
ハッサクの言う通り、この問題は検討すべきである。そんなことを考えているとヨドゥヤが冷や汗を流しているのに気がついた。
「何や、それ、詳しく聞かせてくれへん?」
ヨドゥヤは声を絞り出して言う。ハッサクは軍師と酒を飲んでいたこと雑談を交わしたことを詳細に語った。
「……その後、トットリさんところの軍師は襲われたんやな?」
「ああ、その通りだ」
「ヤバいな、めっちゃヤバいかもしれん」
ヨドゥヤは言った。




