第110話「衝突」
時間稼ぎ、それはハッタリであった。でも完全に嘘でも無い。ハシバに知られていないであろうことがある。指輪と耳飾りという情報伝達網。ナナは自分とハシバの会話をスーにも聞こえるようにしていた。
ハシバに悟らせてはいけない。大都にも遠隔の伝達手段がある。あまり不自然な動きをすると伝達手段を有することを気付かれてしまうかもしれない。
「何や、時間稼ぎって。まあ、良い。もう少し話に付き合ってくれへん?」
――まだ時間はあるようだ。ハシバはナナの言葉をハッタリだと見做したようだ。思惑通りである。ただ、問題は会話が聞こえたところでスーには場所が分からないことだ。
音の反響から屋内であることぐらいは分かる筈だ。そして、予め割り振られた探索区域と照らし合わせれば、きっと付近まで来ている。だから、会話からさりげなく現在位置を伝えられたら望ましい。
「そんなに話をしたいのならボクをここから解放して下さい」
少し、無茶を言ってみる。
「それは出来へんな。柵の外に出したら逃げるやろ」
ハシバは特に気を悪くした様子も無く答える。
「でも、まあお茶でも用意しようか。部屋に道具があるから待っててや」
「お茶の道具があるんですか?」
「ああ、普段働く場所だから、快適に過ごせるように用意しとる」
ハシバはナナに笑いかけると部屋に戻って行った。――まさか意図を読まれたのだろうか。あっさりと場所を伝えることに成功した。ナナは不安を覚える。
「温かいお茶や」
ハシバは柵の隙間から無造作にコップを突き出す。湯気が立ち上っていた。もう片方の手は懐に入れている。少し不自然な仕草だ。魔術を動作させるリモコン、それに手を触れているのだろうか。
「ボクだけ頂いてよろしいのでしょうか?」
お茶は1人分しか用意されていない。
「……飲んだばっかりやからな」
ナナは受け取ったコップを落とす。一応、お茶の中身を警戒しておく必要がある。
「申し訳ございません、落としてしまいました」
「別にええよ。怪我せえへんかったか?」
ハシバは本当に親身になっているような口調だった。そしてそのままの口調で言う。
「もう少し話しようと思うてたけど仕方ないな。これで仕舞や」
間に合わなかった。ナナは悟る。お茶を無造作に突き出したのだ。反撃の心配をしていない。準備は整っていたのだ。それでもお茶を用意したのは本当に話がしたかっただけなのかもしれない。
「話出来て楽し――」
ハシバは言葉の途中で口を閉じる。町が揺れた。何かが城壁にぶつかった。
「何や?」
ハシバはナナを見た。ナナは首を振る。ナナもこれが何か知らない。ただ、この出来事はナナに有利に作用した。ハシバが動揺している間にスーが現れた。ハシバは虚をつかれる。頭を殴打されあっさりと昏睡する。スーはハシバの懐を探る。
「リモコン奪取成功」
スーは言った。ナナは安堵する。読まれていなかったのだ。ハシバは情報が筒抜けであることに気がついていなかった。こちらの深読みだった。実に呆気ない。だが、こう言うこともある。




